ORANGE×BOY
燃えるような夕陽の中で見たときよりも、澄み切った昼下がりの光の下では、彼の姿がもっとはっきりと、鮮明にわかった。

明るい蜂蜜色にも、夕陽の光をいっぱいに吸い込んだようなやわらかな金色にも見える、不思議に美しい髪色。

無造作に揺れる前髪の隙間からのぞく瞳は、少し眠たげで気怠そうなのに、こちらを射抜く視線の鋭さだけは、昨日の記憶と寸分違わず同じだった。

少し着崩されている制服は、白シャツの襟元を開け、ゆるく結ばれた青いストライプのネクタイも、全部が適当そうで大雑把に見えるのに、彼の長身の体躯には、なぜか不思議なくらい様になっていた。

昨日は茂みから遠目に見ていたから、よくわからなかった。
けれどこうして近くで見ると、悔しいくらいに整った顔をしている。
真っ直ぐな鼻筋も、薄い口元も、シャープな顎のラインも、ファッション雑誌の1ページをそのまま切り取ったみたいに、どこまでも綺麗だった。

そして、その綺麗な男子が、手にしたヘルメットを小脇に抱えながら、私をまっすぐに見つめた。

「あれ?」

彼の切れ長な目が、少しだけ驚いたように見開かれる。

「――あっ!!昨日の、空き地の女の子じゃん!」

心臓が、ドクンと大きな音を立てて波打った。

「……っ」

咲良は声を失い、その場に縫い付けられたように固まってしまった。

昨日の夕暮れの公園。
必死に逃げ込んだ未開発の空き地。
古びたベンチに、そして、心臓の音を殺しながら、茂みの隙間から見た、あの圧倒的な強さの横顔。
頭の中でばらばらに散らばっていた点と点の記憶が、一気になだらかな一本の線へと繋がっていく。

間違いない。やっぱりあの人だと咲良は確信した。
昨日、大勢で自分を追いかけてきたあの恐ろしい男たちを、電光石火の速さでなぎ倒していった、あの金髪のヤンキー。

咲良は反射的に、心の中で盛大に叫んでいた。
(げぇっ……!! 最悪っ!!)

その引き攣りそうになった表情が、少しだけ顔に出てしまっていたのだろう。
さっきまで咲良に話しかけていたアッシュグレーの男子が、不思議そうに、けれど面白そうに目を細めて私たちの顔を見比べた。

「え、蓮の知り合い?ナンパじゃなくて?」
「あー、知り合いっていうかー」

金髪の男子――蓮先輩は、バイクから完全に降り立ちながら、にかっと悪戯っぽく笑った。

「俺が助けたっていうか? ――なんかそんな感じー」
「いや、どんな感じだよ。主語が抜けてて状況がさっぱりわかんねぇわ」

アッシュグレーの彼が呆れたようにツッコミを入れるけれど、咲良の視線は、蓮先輩のその笑顔に釘付けになっていた。

まるで、太陽みたいな笑顔だった。
無防備で、あっけらかんとしていて、昨日あの不良たちを冷徹に見下ろしていた鋭さが感じられず、嘘みたいに明るい。

「……ぁ」

咲良は一瞬だけ、本当に言葉を失ってしまった。

昨日のあの張り詰めた空気の中で見た冷酷な姿と、今、目の前で少年みたいに無邪気に笑っている姿が、どうしても上手く重ならなかった。
同じ人のはずなのに、どうしてこんなにも印象が違うのだろう。

まるで、光の当たり方ひとつで、全く別の表情を見せる春の水面みたいに。
綺麗で、どこかつかみどころがなくて、そして――ほんの少しだけ、目が離せなくなってしまう。

(……いやいや、違う! 違うから、私!!)

危ない、危ない。咲良は激しく頭の中で警報を鳴らし、慌てて我に返った。
何をヤンキー相手に見惚れているの。
顔が良くたって、この人はあの茉那が言っていた、学校一の不良ヤンキーのトップなんだから。
きっと関わったらろくなことがないだろう。
咲良はガラスの盾を急いで張り直すと、一歩後ろに引き、努めて丁寧な所作でぺこりと頭を下げた。

「あ、あの……昨日はありがとうございました!すみません、お礼も言わずに、あのまま逃げちゃって」
「ん?ああ、いいよ別に」

 蓮は肩をすくめて笑う。

「怖かったんだろ?しゃーねぇって」

 その言い方があまりにも自然で、責める気配がひとかけらもなくて、咲良は少しだけ拍子抜けした。

 もっと恩着せがましくされると思っていたのに。
 まるで本当に、たまたま通りかかっただけみたいな軽さだった。

「でも、助かりました」
「ん」
「……ありがとうございました」

 もう一度小さく言うと、蓮は一瞬だけ目を細めた。
 その視線が、夕暮れよりもやわらかく見えたのは、たぶん気のせいだ。
 隣では、さっきの紳士っぽい男子がふうん、と興味深そうに二人を見比べていた。

「珍しいねぇ、蓮が女の子助けるとか」
「助けたってほどじゃねーよ」
「いや、十分助けてるでしょ」

 周囲の男子たちも「さすが蓮!」「かっけー!」なんて囃し立てている。
 その空気にうんざりしつつ、咲良は早くこの場を離れたくて仕方がなかった。
 せっかくお礼は言えたのだ。
これで義理は果たしたはず。
 これ以上関わる理由なんてないだろう。

「じゃ、じゃあ私、塾があるのでっ」

 そう言って逃げるように一歩引くと、蓮が「あ、え」と少し意外そうな顔をした。
 その反応に構わず、咲良はくるりと背を向け足早に去っていった。

そんな風に、夕方のコンビニ前で、楽しそうに笑い合う彼らの声が後から響いていた。

海里は、ニヤニヤとした笑みを崩さないまま、もう一度バイクにもたれる蓮先輩に声をかけた。

「で? 蓮、追っかけなくてよかったの? 走っていっちゃったけど」
「ん? まぁ、あの制服……ウチの学校と同じだしな」

蓮は、咲良が着ていた紫陽花学園の制服が消えていった曲がり角を見つめ、不敵に、けれどどこか嬉しそうに口元を綻ばせた。

「お、余裕じゃん」
「まぁー、チャンスはこれからいくらでもあんじゃね?」

蓮のその最後の言葉は、茜色と紫色が混ざり合う、美しい夕陽のグラデーションの中へと、静かに溶けて消えていった。



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