ORANGE×BOY
数日後。

その「言いすぎたかな」という小さな後悔は、最悪の形で戻ってくることになった。

「最後に話だけ、ほんとにそれで終わりにするから!」

帰り道、再び声をかけてきたヤンキーのAくんは、前日までの威圧的な態度が嘘のように、しおらしい顔をしていた。

咲良は眉をひそめ、すぐに断ろうと口を開きかける。
けれど、ここでまた冷たく突き放して逆上されても面倒だ、という計算が頭をよぎった。

(ほんの五分だけ。人通りのある公園でなら……)

そう判断したのが、すべての間違いだった。

夕暮れの公園に着いた瞬間、咲良はぴたりと足を止めた。

「……は?」

咄嗟に不審の念が口をついて出た。
ベンチの近くにいたのは、彼一人ではなかったのだ。

彼の周りからぞろぞろと現れたのは、明らかに年上と分かる男達だった。
見るからに柄が悪く、下品な笑い声を響かせている。
制服も私服もぐちゃぐちゃに着崩した彼らに囲まれるようにして、咲良の身体から一気に血の気が引いていった。

「おいおい、いい加減付き合ってやれよ」
「そうそう、こいつ結構へこんでたんだぜ?」
「可愛いくせに感じ悪いとか、もったいなくね?」

口々に囃し立てられるたび、激しい嫌悪感が喉元までせり上がってくる。

(最悪だ。)
(最悪、最悪、最悪。)

咲良はこういう、群れなければ何もできない人間がいちばん嫌いだった。

一歩、後ろへ下がりながら、咲良は底冷えするような視線を彼らに向けた。

「……こんなことして、恥ずかしくないんですか?」
「あ?」
「超ダサいんだけど。私、帰る」

明確な拒絶を言い放ち、くるりと踵を返した、その瞬間だった。

「あぁ?!調子のんなよ、このアマ!」

鼓膜を突き刺すような怒声とともに、一人の男が凶暴な笑みを浮かべて腕を振り上げる。

咲良は息を呑んだ。

――やばい。

頭で考えるより先に、生存本能が身体を突き動かしていた。
咲良はとっさに身をひるがえし、風を切って迫るその腕をぎりぎりでかわすと、全力で地面を蹴った。

「待て!」
「逃がすかよ!」

背後から迫る複数の足音と、怒りの声達。
荒い呼吸の音が追ってくる。

心臓がうるさいほど脈打ち、冷たい空気を吸い込みすぎて喉が焼けるように痛かった。
ヒールのない通学靴でも、足がもつれそうになる。けれど、今捕まったらどうなるか、想像するだけで総毛立つ。
咲良な止まるわけにはいかなかった。

(怖いっ!!怖い、怖い、怖い!!)

涙で夕暮れの街が歪んで見える。
咲良は必死に住宅街の路地を駆け抜け、視界に飛び込んできた小さなフェンスの切れ目へと、迷わずその身を滑り込ませた。

(ここだっ!ここにしばらく隠れようっ!!)

アスファルトから土と草の感触へと変わる。
そこは、隠れた空き地だった。



空き地の生い茂る草むらをかき分けた瞬間、咲良はハッと息を止めた。
 誰もいない、静まり返った場所だと思った。
けれどその中央――古びた木製のベンチの上に、一人の男子が腰掛けていたのだ。
 オレンジ色の夕陽の残光を一身に浴びて、燃え盛る炎のようにきらめく金髪。

長い脚を無造作に投げ出し、片手でスマートフォンを操作する姿は、どこか退屈そうで、同時にひどく気怠げだった。
 制服のシャツのボタンは外され、少しばかり着崩されている。
それなのに不思議と汚らしく見えないのは、雑に佇んでいるだけで一枚の絵画になってしまうほど、彼の顔立ちが圧倒的に整っているからだろう。

切れ長の涼やかな目元。
彫刻のように高い鼻筋。
 周囲のすべてを心底どうでもいいと切り捨てるような冷徹な空気をまとっているのに、なぜかその圧倒的な存在感から、どうしても目が離せなくなる。

「……っ」

 けれど次の瞬間、咲良は強烈な現実に引き戻された。

(いやいや、ちょっと待って。
 ――嘘でしょ、またヤンキーなの!?)

 もうチャラい男はお腹いっぱいだ。
うんざりしながら、咲良は咄嗟に近くの生い茂る茂みへと身を隠した。

 草木の隙間から覗き見ると、金髪の男子が一瞬だけ、走り込んできた咲良のいた方向に視線を向けた気がした。

けれど詮索する気配はなく、ただ少しだけ不思議そうに首を傾げただけだった。

 その直後、最悪の追っ手たちが荒い息を吐きながら空き地へとなだれ込んできた。

「おい! ここに制服着た女が逃げ込んでこなかったか!?」

 先頭を走っていた男が、ベンチに座る金髪に向けて苛立ちをぶつける。

(どうしよう、バレちゃうかもっ…!!)

 しかし、金髪の男子はスマートフォンの画面から目を離すことすらなく、面倒そうに小さく欠伸を噛み殺した。
そして、ひどく熱量のない、冷え切った声で短く答える。

「あ?知らねー」

「はあ!? てめえ、なんだその態度は!」

 空き地の空気が、ぴり、と限界まで張り詰めた。
 逆上した男の一人が、威嚇するように金髪の男子の胸ぐらを乱暴に掴み上げる。
「おい、耳ついてんのかコラ!
 うちの聖也さんに向かって、何その生意気な口きいてんだよぉ!」
 ――次の瞬間だった。
「……あ?」低く、地を這うような冷徹な声。
それと同時に、ぐるりと世界が反転したかのように、胸ぐらを掴んでいた大柄な男の体が綺麗な弧を描いて宙を舞い、地面へと叩きつけられた。

「おいおい、いきなり掴むとか、痛ってぇんだけど?」

語尾を跳ね上げるような軽い口調とは裏腹に、その動きはゾッとするほど鋭く、容赦がなかった。
 金髪の男子はゆっくりと立ち上がると、まるでただの退屈しのぎとでも言いたげな無表情のまま、襲いかかってくる男たちを次々となぎ倒していく。
 拳を振るう速度が速すぎて、茂みの隙間からは軌道すら見えない。
 しなやかで無駄のない蹴りが繰り出されるたび、一人、また一人と男たちが地面に転がっていく。
空き地には、彼らの短い悲鳴と、苦悶の呻き声だけが虚しく響き渡っていた。
 咲良は茂みの影で、驚愕のあまり目を丸くしていた。
 強い。――いや、強すぎる。
群れて粋がっていた男たちが、まるで子供のようにおもちゃにされている。

「……え、あの金髪の人、強っ……」

 思わず感心の混じった心の声が漏れそうになり、咲良は慌てて自分の口を手で塞いだ。
 いやいや、違う。
感心している場合じゃないし。
 今のうちに、彼が男たちの相手をして、全員の意識が削がれている今しか、逃げるチャンスはない。
 咲良は息を殺し、茂みの中でそろりそろりと後ずさりした。
誰にも気づかれないように空き地の反対側へと静かに回り込むと、そこからは遮二無二、出口に向かって一気に走り出した。
 夕焼けの赤い風が、頬を切るように通り過ぎていく。
 金髪の彼がどうなったのか、もう二度と振り返ることはしなかった。





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