ORANGE×BOY

3.再会

翌朝。

目が覚めた瞬間咲良は、天井を見つめたまま小さく息を吐いた。

カーテンの隙間から差し込む朝の光はやわらかく、部屋の白い壁に淡い四角を落としている。
小鳥のさえずりが遠くからかすかに聞こえ、窓の外を流れる風の音もどこか優しい。
昨日のあの息が詰まるような恐怖が嘘みたいに、世界はひどく穏やかだった。

なのに、咲良の胸の奥だけがまだ少しざわついていた。

目を閉じれば、すぐにあの光景が脳裏に蘇ってしまう。
卑怯な輩が集まる公園。
執拗に追いかけてくる何重もの足音。
空気を引き裂くようにして振り上げられた、男の太い腕。
あの瞬間に肌をなでた、ひやりとした鋭い恐怖。

それから――あの、空き地にいた金髪のヤンキー。

咲良は布団の中で、きゅっと眉をひそめる。

「……だから、なんで最後そこ思い出すのよ」

ぽつりと溢れたひとりごとの声は、静かな部屋の中で小さく響いた。
それなのに、自分の耳には妙に鮮明に、驚くほどくっきりと聞こえた。

もう思い出したくない。
あんなに怖い目に遭って、心臓が壊れそうになるほど逃げ回ったのだから、思い出すべきは自分の無事や、これからの防犯対策であるはずだ。
当然、頭の中から綺麗さっぱり消し去るべき記憶なのだ。

それなのに、どうしても記憶の端にしがみついて離れない影がある。
あの男子の、世界のルールなんて最初から無視しているかのように乱暴なくらい鮮やかだった金髪。
夕陽をその背に精一杯背負って、ゆっくりと立ち上がったときの、地面に伸びた影の圧倒的な存在感。

そして、まるで呼吸でもするかのように、どうでもよさそうな冷めた顔のまま、襲いかかる相手を淡々とねじ伏せていくあの横顔。

"綺麗"なんて言葉は、自分を深く傷つけたあのヤンキーたちと同類であるはずの彼に対して、絶対に使いたくないのに。
悔しいくらい、その瞬間の彼を形容するには、それがいちばん近かった。

「やめやめ! 何考えてるの、私ってば!」

咲良は勢いよく布団を跳ね除けて起き上がると、強く頭を振った。
乱れた黒髪が視界を泳ぐ。
そうだ、彼女はヤンキーが嫌いだ。
それは何があっても変わらない。あんな連中と関わって、自分の人生がろくなことになった試しがないのだ。
中学時代のあの体育館裏のあの日から、咲良の世界はあいつらを拒絶することで成り立っている。

もう二度と会うこともないだろうし、
そもそも生活圏も違うだろう。
名前も知らないただの通りすがり。
お互いに交わることのない平行線のままで終わる。それがいちばんだし、そうなるに決まっている。

そう自分に言い聞かせ、強く思い込むようにして、咲良はクローゼットから出した制服に袖を通した。

白いブラウスのボタンを一つずつ留めるたび、心の中にある鍵がまた強固に閉まっていくような気がした。

洗面台の前に立ち、ブラシで丁寧に髪を整える。
サラサラと流れるロングの黒髪。
そして、いつもより少しだけ時間をかけて、丁寧に、お気に入りのピンクのリップを唇に塗る。

鏡の中に映る自分を、じっと見つめた。
そこにいたのは、ちゃんと可愛い、誰もが憧れるようなお人形さんのような女の子だった。
昨日の夕暮れに体験した恐ろしい事件の、その恐怖の破片を引きずっているようには、どこからどう見ても見えない。

(うん、大丈夫……。私が、私のままでいるためなんだから)

完璧に作り込まれたその外見が、今の咲良のプライドを辛うじて支えてくれている。
昨日起きたことすべてを、なかったことにできるような気がした。
それが、今の彼女にとって、ほんの少しだけ救いだった。

カバンを手に取り、部屋のドアを開ける。

まさか、このあと向かう学校で、あの「乱暴なほど鮮やかな金髪」が、自分の日常をふたたび激しく揺るがすことになるなんて、このときの咲良はまだ、夢にも思っていなかった。


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