翡翠の一輪花【完】
───違う。
違うはずだ。
あいつはずっと、俺の隣にいた。
当たり前みたいに、そこにいた。
それが崩れるなんて、考えたこともなかった。
………なのに。
さっき見た顔が、頭から離れない。
泣いていた。
耐えていた。
そして――俺じゃない誰かの前で、少しだけ息を吐いていた。
『翡翠は昔から、ひとりで抱え込むから』
『俺が、翡翠のことを一番見てる』
───違う。
そんなはずない。
見てきたのは、俺だ。
───ずっと。
ずっと隣にいたのは――俺だ。
(クソっ………)
廊下の角を曲がった瞬間、開けた視界のその先に、細い背中が見えた。
───翡翠。
その瞬間、全部が崩れた。
――あぁ。
やっと分かった。
あいつが泣くのも。
逃げるのも。
紺に、揺れていたのも。
全部、全部――
――今さら気づいたなんて、遅すぎるのに。
それでも、手を伸ばした。