翡翠の一輪花【完】
***



「───失礼します」

「……入れ」


低い声に促され、襖を静かに開ける。
そして畳の上に正座し、背筋を伸ばした。



「高瀬組お嬢、東雲翠(シノノメスイ)。……ただいま戻りました」

「……よく戻った」

「おかえりなさい、翠ちゃん」


組長と愛美さんの声が、静かに落ちる。


この二人は、身寄りのなかった私を育ててくれた人たち。

“親”と呼んでもいいくらい、大切な存在。
――だからこそ、怖い。


「……それで」


組長が静かに言う。


「急に姿を消した理由を聞かせてもらおうか」

「…………」


言葉が一瞬、喉に詰まる。



私が急に姿を消した理由。
───それは。


「気持ちの整理が、したくて」

「気持ち?」


組長の眉がわずかに動く。


「……本当に私が“お嬢”でいいのか、自信がなくなって」

「…………」


空気が一瞬だけ止まった。


「このままだと、自分が分からなくなりそうで」



沈黙。
ただ、畳の上の時間だけが重く流れる。

――そして。



「……翠」


組長の声は、さっきより少しだけ柔らかかった。


「俺たちは、お前を娘として育ててきた」

「……」

「その俺たちが認めた“お嬢”だ。………お前は、もっと胸を張れ」

「……っ」


息が詰まる。


「翠ちゃん」


愛美さんがそっと微笑む。


「私たちはいつだって味方よ。……なんてったって“親”なんだから」

「……愛美、さん」


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