大槻くんの唇はイジワル
 困惑する私に、大槻くんが一歩近づく。

「なんでって。野本さんが、俺以外の男によそ見してるから」

 距離が近づき、心臓が跳ねる。

「大槻くん……?」
「ダメじゃないですか。ちゃんと俺だけ見てないと」

 そう言って、大槻くんが体を屈めた。
 廊下の薄暗い照明の下、美しい唇が近づいてくる。

 触れるだけのキスをされ、それだけで全身の血が沸騰しそうになる。

「ちょっと、待って」

 彼の胸を手で押すと、至近距離で「どうして?」と問われた。

「ど、どうしてって。誰かに見られたら……」
「俺は構いません」

 そう言って、また私の唇を塞ぐ。

「ん……っ」

 触れては離れる、焦らすようなキスに、背筋が震えて足に力が入らなくなる。

 扉一枚隔てた個室には、たくさんの人の気配があった。
 賑やかな会話や、笑い声。グラスのぶつかる音や、行きかう店員の足音。

 こんな場所で、大槻くんとキスをしている。
 背徳感と興奮で、頭がくらくらする。

「お、大槻くん、だめだって……っ」

 必死に理性を奮い立たせて大槻くんの胸を押し返す。そんな私を、大槻くんが静かに見下ろす。

「嫌でした?」
「嫌っていうか……、こんなところで」

 肩で息をしながらそう言うと、彼が私の耳もとに唇を寄せた。

「じゃあ、場所を変えましょうか」
「え?」
「このままふたりで抜けて、俺の部屋に行きましょう」
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