大槻くんの唇はイジワル
 大槻くんは静かにキスをほどくと、完璧な形の唇で、とんでもない言葉を口にした。

「俺が唇を噛まないように、口寂しい時はキスさせてください」


 


◇◇◇
  



 翌日、出社した私はエレベーターを待ちながら、昨日の出来事について考える。

 昼休みのオフィスで、『口寂しい時はキスさせてください』というとんでもない提案をしてきた大槻くんは、その後なにごともなかったかのようにフロアを出ていった。

 ひとり残された私は理解が追いつかずフリーズし、気付けば昼休みが終わっていた。そのお陰で、昨日はランチを食べ損ねてしまった。

 いったいあれは、なんだったんだろう……。

 エレベーターホールで考え込んでいると、「おはようございます」と声をかけられた。
 振り返ると、大槻くんが私を見下ろしていた。

 ご本人の登場に、思わず跳び上がりそうになり、なんとか呼吸を整える。

「……お、おはよう」

 平静を装ったつもりだったのに、わずかに声がうわずった。

 朝の混みあう時間帯。エレベーターのドアが開き、ほかの社員たちと一緒に狭い箱の中に乗り込む。一番奥の壁際に立つと、当然のように大槻くんが隣に並んだ。

 その距離の近さに、嫌でも昨日のキスを思い出し、意識してしまう。
 けれど、隣に立つ大槻くんは、いつも通りの涼しい顔だ。

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