大槻くんの唇はイジワル
 私は動揺してるのに、なんで大槻くんはこんなに冷静なわけ?
 彼の整った横顔を見上げながら眉を寄せる。そしてふと、ひとつの可能性が頭に浮かんだ。

 ……もしかして、あれは夢だったのでは?
 だって、他人に無関心でいつも無気力な大槻くんにキスされたなんて、現実だとは思えない。

 きっと、彼の唇が理想的すぎるあまり、リアルな夢を見てしまったんだ。そうだ。そうに違いない。

 自分が出した結論に納得していると、私の視線に気付いたのか大槻くんがこちらを見た。

「どうかしました?」
「ううん。なんでもない」

 すっきりした気持ちで首を横に振る。そんな私を見た大槻くんは、私の肩のあたりを指さした。

「野本さん。髪になにかついてますよ」
「え、どこ?」

 自分の髪を確認しようとすると、肩に大きな手が触れた。そして長身の彼が体を屈める。

 人が乗り合うエレベーターの中。一瞬視界が遮られ、唇に柔らかい感触が触れた。
 猫が鼻先をこすり合わせるような、短いキス。

 目を見開いた私を見て、大槻くんが声を出さずに笑った。

 私が頬を熱くした時には、彼はなにごともなかったかのような顔で、エレベーターの回数表示を見上げていた。

「な、にするのよ……っ」

 ほかの社員も乗っているエレベーターでキスをするなんて!
 私が小声で苦情を言うと、大槻くんは涼しい口調で答える。

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