捨てられ才女はどうやら繁栄の切り札だったようです~新生活を謳歌していたら、記憶チートで追放先が大発展していました~
5.歓迎と危機
レオールの屋敷はとても立派なもので、内装はシックでありながら目を引く華麗さがあった。
落ち着いた茶の木目、目に痛くないシャンデリア……実直なレオールらしい。
豪華な夕食が用意され、広間で宴が始まった。形式ばったものではなく、円形のテーブルでのカジュアルな夕食だ。
個人的にはこのくらいのほうが肩も張らない。公国の側妃としてではなく、旧友としてもてなしてくれるほうがずっといい。
「このほうが良いと思ってな」
「ええ、助かるわ」
夕食に出てきたのはハムに彩られたサラダ、上等な牛肉ステーキであった。
シャキシャキな初夏の葉野菜とトマトの組み合わせのサラダは濃厚だ。
それに脂の入ったステーキ……!
ミディアムレアでオニオンソースたっぷり。付け合わせのカリッと焼かれたベーコンも最高だった。
天使なルーインがはふはふとステーキを食べて、にっこり笑顔になっている。
「ううん〜! 美味しいです!」
「本当にね。赤身と脂のバランスが最高だわ。サラダもみずみずしくて、よく合うし」
「君はサラダとステーキの組み合わせが好きだったと思ってな」
私は少し驚いた。
帝国留学時代、私はなるべく自分を出さないようにしていたからだ。
というのも住まうのも周囲も他国の人間ばかり。しかもその時には私はラッセリア公国の妃となるのがほぼ確定していた。
迂闊なことは表に出せない立場だったし、そうしないよう心掛けていたのに。
「……どうしてそのように思ってくれたの?」
「嬉しいことがあると、ほんの少しだけ声が高くなる。俺はそういうのによく気が付くだけだ」
そんな癖があったのかとルーインに目を向ける。だが、ルーインも知らなかったようで――目をぱちくりとさせていた。
「レオール様は鋭いのね」
「上手くやろうとしているだけだ。君のように神から授かった力があるとまでは言えない」
レオールがワイングラスに一口をつけて、私を見つめた。人を捉えて離さない緑の瞳が私に向けられている。帝国の人は私の記憶能力を崇め奉る傾向にあった。
いわく神からのギフト、贈り物、授かりもの……などなど。
この能力は凄いと自分でも思うけれど、そのような神秘的なものではない。だってさっきもレオールに裏をかかれてしまったし。
その後は表向きの話に終わり、私が望むような方向には向かわなかった。
ただ、わかってはいる。レオールも帝国の実力者、エベラルド辺境伯だ。
迂闊なことは口にできない。
(焦っては駄目よ……)
レオールは段階を踏む男だ。私のために家や帝国をリスクに晒すマネはしないだろう。
もし何だったら数日、この街に泊まってでも機会を伺わなければ――と、夕食後に私は屋敷の裏庭へ誘われた。
形の整ったカリダード杉が数本、屋敷の裏庭も低木や草花が多い。
派手なところは一切なく、自然を強く感じさせる。
ヴォルデより街の明るさが多いために、月はいくぶんか控え目に夜空を照らす。
「少しふたりにしてくれるか」
レオールの言葉に周囲は頷き、ルーインやお互いの側仕えもやや遠ざけた場になった。
ここだ。夜の闇の中で虫と小鳥が鳴く。
「君がここに来たのは側妃の件が関係しているのか」
「……ええ、その通りよ」
レオールの声は静かだが、深くどこか凄みがあった。
私がディルダによって側妃に降格させられ、ヴォルデに送られてから一週間ほど経っていた。
レオールほどの男なら私が説明しなくても私以上に状況は把握しているだろう。
何をどう、レオールは尋ねてくるだろうか。
私は全神経を彼へ集中させた。風がレオールの緑の髪を軽く凪ぐ。
「君はどう思った?」
「え?」
「降格させられた時だ。君はどのように感じた?」
それは考えていなかった角度からの問いかけだった。
どう答えるべきか、私は迷った。
私の立場はまだラッセリア公国の側妃だ。公国の立場を思えば、ディルダのことも悪くは言えない。相当なオブラートに包む必要がある。
(でもそれじゃあ、何のためにディルダへ楯突いたのよ)
レオールは不器用なところもあるが、したたかな男だ。さっき、わざわざ目の色を少し変えたのにも理由があるはず。
ただ、すぐには分からないかもしれない。彼は……他人に対して独特なところがある。
十数秒ほど考えて、私は口を開いた。
「理不尽だと思ったわ」
「ほう……」
「今も納得していないし、このままでは公国はさらに悪い方向へ向かう。でも今の私にはすぐにどうこうはできない……時間がいるの」
側妃のままヴォルデでは終われない。
ルーインの言う通りディルダにこの処置を撤回させなければいけない。
それが公国貴族だ。私はまだ自分が思うほど充分は働いていない。
時間をかければ懇意の貴族を味方につけて、巻き返しも図れる。ただ、今は時期が悪い。
動くにしてもやり方があり、そこまで生き抜く資金に難を抱えている。
「だからその時間を稼ぐために、あなたの力を貸して。お願い」
私は頭を深く下げようとして――レオールの手が肩に置かれて制されたことに気付いた。
「君に頭を下げられたくはない」
「…………」
「かつて俺は君に助けられた。その恩を返す時だ」
私が留学していた時、いくつかの魔獣の知識を彼に教えたことがある。
ただ、それは……当然のことだった。魔獣を討伐することは為政者の責務。
「君はそれを当然と思っているかもしれないがな」
「まぁ、そうね……」
「しかし世の中には私利私欲で立場や能力を使う者も多い。より多くの力がある者には、より多くの善と責任があるはずなのに」
まっすぐな言葉に私の胸が熱くなる。
公国でこんな言葉が聞かれなくなって、どれほどだろうか。
大臣が交代させられる中で、誰もがディルダを恐れている。歯向かう人間は私のように遠ざけられ、排除される。これでは善や責務をやり遂げることなんてできないのに。
「恩を返すというのは、半分ではある。もう半分はラッセリア公国の状況が思っているよりも悪くなっている」
「どんなところが?」
私の肩から手を離して、レオールがヴォルデのある西へ向き直る。
「どうやら国境付近の魔獣討伐予算を減らして、その分を己の贅沢に使っているようだ」
「……! まさか、そんなはずは……!」
「すでに南のハール厶共和国から帝国に話が来ている。ラッセリア公国の魔獣討伐の頻度が低下しているのではないか、と」
私は衝撃を受けた。魔獣討伐はまさに公国の担うべき責務のはず。
周辺国にまで影響が出るほど予算を減らすなんて――。
「君の実家のシフォン公爵家は公国北部。帝国の調査では、北部や東部はほぼ維持されている。君の目が届きにくい南部や西部はかなりやられているようだ」
「そ、それは何年前からなの?」
「現ラッセリア王が即位する少し前から。先の王太子が亡くなってから、少しずつやっていた……というのがハールム共和国の見解だ。だから察知も遅れた」
「……私のせいだわ。私がもっとしっかりしていれば……っ!」
「それは違う。先の王太子と先王の亡くなるタイミングでディルダが動けば無理もない」
レオールはディルダのことをはっきりと呼び捨てた。言葉遣いは落ち着いているが、彼は苛立っている。
「君の仕事振りは知れ渡っている。ハールム共和国の外交官とも話をしたが、君が側妃に降格されたのをとても残念に思っていた」
「ありがとう。少し、救われたわ」
当事者の国同士、直接言えないことも多い。間接的にでも私が仕事してきたのが無駄ではなかったと知って、 私はほっと目を伏せた。
そこで私は裏庭の一角に小さな紫色の花を見つけた。
重要な話の最中だけれど、私はその花へ目が釘付けになる。
(あれはパンジー……よね?)
淡い紫との中央に白が広がる可愛らしい花だ。
お世話も簡単で世界中で見られる。ラッセリア公国にももちろんある。
でも、夏の今咲くはずがない。パンジーは冬の花なのだ。
私の目線に気付いたのか、レオールが首を傾げた。
「何か気になることがあるのか?」
「……このパンジーが、今咲いてるなんて」
言いかけて、私は全身を強張らせた。夏とは思えない冷気が一瞬、身体を通り過ぎていった。
悪寒と共に私は冷気の元を探る。
「西から――」
「風が来たな。夏らしくない冷たさだった」
西には私たちがやってきたヴォルデ地方がある。
あそこから冷気がやってきた、というのなら納得ではあるが。
でも私はパンジーと冷気から嫌な想像をした。
一部の魔獣は冷気を操り、夏でも氷点下をもたらす。
そこに軍服を着た帝国の武官が裏庭へ飛び込んできた。
「レオール様、緊急事態です! 魔獣が出現いたしました!」
「何だと。場所は!?」
「我が領地の西端からになります! ただ、報告が錯綜しておりまして……士官が見たことのない魔獣だと報告しているようです!」
「見たことのない魔獣……帝国領地の中でか? 考えられん」
レオールが顎に手を当てた。
帝国は魔獣討伐をマニュアル化しており、種類や対処法を軍人に叩き込んでいるはずだ。帝国大学でも魔獣学については多くの時間を割いていた。
(それなのに魔獣の種類がわからないなんて。そんなこと……)
レオールは踵を返し、武官へついて行こうとする。
「希少な魔獣だな。俺が行く。コーデリア、悪いが会談は中止だ」
「それは構わないけれど――。待って、もしかしたらその魔獣はラッセリア固有の種かもしれないわ!」
はっとして私は叫ぶ。
西からやってきたのと、一瞬通過した冷気、冬のパンジーが咲いている。
冷気をもたらして地面の温度を低下させる魔獣は、確かにいる。
「イエティという大型猿の魔獣よ。ランクはAプラスで、獰猛で触れたものを凍らせる力を持つわ。触られないように気を付けて。でも炎を嫌うから、それで誘導できるはず……っ」
私は早口でまくし立てる。イエティはラッセリア公国の山岳部にしかいない。
帝国では出現しないはずで、帝国の魔獣本にも記載はないはず。
私の言葉を聞いたレオールが振り返り、力強く頷いた。
「……わかった。君の知識を信じよう。君たちは屋敷へ泊まっていってくれ」
祈るように胸に手を当て、レオールを見送る。
その夜、私はレオールの言う通りに彼の屋敷へ泊ることにした。
レオールの執事に案内され、寝室へ向かう。
身体と精神は疲れていたが容易には眠れそうになかった。
ベッドの中に入ってから悶々としてしまう。
落ち着いた茶の木目、目に痛くないシャンデリア……実直なレオールらしい。
豪華な夕食が用意され、広間で宴が始まった。形式ばったものではなく、円形のテーブルでのカジュアルな夕食だ。
個人的にはこのくらいのほうが肩も張らない。公国の側妃としてではなく、旧友としてもてなしてくれるほうがずっといい。
「このほうが良いと思ってな」
「ええ、助かるわ」
夕食に出てきたのはハムに彩られたサラダ、上等な牛肉ステーキであった。
シャキシャキな初夏の葉野菜とトマトの組み合わせのサラダは濃厚だ。
それに脂の入ったステーキ……!
ミディアムレアでオニオンソースたっぷり。付け合わせのカリッと焼かれたベーコンも最高だった。
天使なルーインがはふはふとステーキを食べて、にっこり笑顔になっている。
「ううん〜! 美味しいです!」
「本当にね。赤身と脂のバランスが最高だわ。サラダもみずみずしくて、よく合うし」
「君はサラダとステーキの組み合わせが好きだったと思ってな」
私は少し驚いた。
帝国留学時代、私はなるべく自分を出さないようにしていたからだ。
というのも住まうのも周囲も他国の人間ばかり。しかもその時には私はラッセリア公国の妃となるのがほぼ確定していた。
迂闊なことは表に出せない立場だったし、そうしないよう心掛けていたのに。
「……どうしてそのように思ってくれたの?」
「嬉しいことがあると、ほんの少しだけ声が高くなる。俺はそういうのによく気が付くだけだ」
そんな癖があったのかとルーインに目を向ける。だが、ルーインも知らなかったようで――目をぱちくりとさせていた。
「レオール様は鋭いのね」
「上手くやろうとしているだけだ。君のように神から授かった力があるとまでは言えない」
レオールがワイングラスに一口をつけて、私を見つめた。人を捉えて離さない緑の瞳が私に向けられている。帝国の人は私の記憶能力を崇め奉る傾向にあった。
いわく神からのギフト、贈り物、授かりもの……などなど。
この能力は凄いと自分でも思うけれど、そのような神秘的なものではない。だってさっきもレオールに裏をかかれてしまったし。
その後は表向きの話に終わり、私が望むような方向には向かわなかった。
ただ、わかってはいる。レオールも帝国の実力者、エベラルド辺境伯だ。
迂闊なことは口にできない。
(焦っては駄目よ……)
レオールは段階を踏む男だ。私のために家や帝国をリスクに晒すマネはしないだろう。
もし何だったら数日、この街に泊まってでも機会を伺わなければ――と、夕食後に私は屋敷の裏庭へ誘われた。
形の整ったカリダード杉が数本、屋敷の裏庭も低木や草花が多い。
派手なところは一切なく、自然を強く感じさせる。
ヴォルデより街の明るさが多いために、月はいくぶんか控え目に夜空を照らす。
「少しふたりにしてくれるか」
レオールの言葉に周囲は頷き、ルーインやお互いの側仕えもやや遠ざけた場になった。
ここだ。夜の闇の中で虫と小鳥が鳴く。
「君がここに来たのは側妃の件が関係しているのか」
「……ええ、その通りよ」
レオールの声は静かだが、深くどこか凄みがあった。
私がディルダによって側妃に降格させられ、ヴォルデに送られてから一週間ほど経っていた。
レオールほどの男なら私が説明しなくても私以上に状況は把握しているだろう。
何をどう、レオールは尋ねてくるだろうか。
私は全神経を彼へ集中させた。風がレオールの緑の髪を軽く凪ぐ。
「君はどう思った?」
「え?」
「降格させられた時だ。君はどのように感じた?」
それは考えていなかった角度からの問いかけだった。
どう答えるべきか、私は迷った。
私の立場はまだラッセリア公国の側妃だ。公国の立場を思えば、ディルダのことも悪くは言えない。相当なオブラートに包む必要がある。
(でもそれじゃあ、何のためにディルダへ楯突いたのよ)
レオールは不器用なところもあるが、したたかな男だ。さっき、わざわざ目の色を少し変えたのにも理由があるはず。
ただ、すぐには分からないかもしれない。彼は……他人に対して独特なところがある。
十数秒ほど考えて、私は口を開いた。
「理不尽だと思ったわ」
「ほう……」
「今も納得していないし、このままでは公国はさらに悪い方向へ向かう。でも今の私にはすぐにどうこうはできない……時間がいるの」
側妃のままヴォルデでは終われない。
ルーインの言う通りディルダにこの処置を撤回させなければいけない。
それが公国貴族だ。私はまだ自分が思うほど充分は働いていない。
時間をかければ懇意の貴族を味方につけて、巻き返しも図れる。ただ、今は時期が悪い。
動くにしてもやり方があり、そこまで生き抜く資金に難を抱えている。
「だからその時間を稼ぐために、あなたの力を貸して。お願い」
私は頭を深く下げようとして――レオールの手が肩に置かれて制されたことに気付いた。
「君に頭を下げられたくはない」
「…………」
「かつて俺は君に助けられた。その恩を返す時だ」
私が留学していた時、いくつかの魔獣の知識を彼に教えたことがある。
ただ、それは……当然のことだった。魔獣を討伐することは為政者の責務。
「君はそれを当然と思っているかもしれないがな」
「まぁ、そうね……」
「しかし世の中には私利私欲で立場や能力を使う者も多い。より多くの力がある者には、より多くの善と責任があるはずなのに」
まっすぐな言葉に私の胸が熱くなる。
公国でこんな言葉が聞かれなくなって、どれほどだろうか。
大臣が交代させられる中で、誰もがディルダを恐れている。歯向かう人間は私のように遠ざけられ、排除される。これでは善や責務をやり遂げることなんてできないのに。
「恩を返すというのは、半分ではある。もう半分はラッセリア公国の状況が思っているよりも悪くなっている」
「どんなところが?」
私の肩から手を離して、レオールがヴォルデのある西へ向き直る。
「どうやら国境付近の魔獣討伐予算を減らして、その分を己の贅沢に使っているようだ」
「……! まさか、そんなはずは……!」
「すでに南のハール厶共和国から帝国に話が来ている。ラッセリア公国の魔獣討伐の頻度が低下しているのではないか、と」
私は衝撃を受けた。魔獣討伐はまさに公国の担うべき責務のはず。
周辺国にまで影響が出るほど予算を減らすなんて――。
「君の実家のシフォン公爵家は公国北部。帝国の調査では、北部や東部はほぼ維持されている。君の目が届きにくい南部や西部はかなりやられているようだ」
「そ、それは何年前からなの?」
「現ラッセリア王が即位する少し前から。先の王太子が亡くなってから、少しずつやっていた……というのがハールム共和国の見解だ。だから察知も遅れた」
「……私のせいだわ。私がもっとしっかりしていれば……っ!」
「それは違う。先の王太子と先王の亡くなるタイミングでディルダが動けば無理もない」
レオールはディルダのことをはっきりと呼び捨てた。言葉遣いは落ち着いているが、彼は苛立っている。
「君の仕事振りは知れ渡っている。ハールム共和国の外交官とも話をしたが、君が側妃に降格されたのをとても残念に思っていた」
「ありがとう。少し、救われたわ」
当事者の国同士、直接言えないことも多い。間接的にでも私が仕事してきたのが無駄ではなかったと知って、 私はほっと目を伏せた。
そこで私は裏庭の一角に小さな紫色の花を見つけた。
重要な話の最中だけれど、私はその花へ目が釘付けになる。
(あれはパンジー……よね?)
淡い紫との中央に白が広がる可愛らしい花だ。
お世話も簡単で世界中で見られる。ラッセリア公国にももちろんある。
でも、夏の今咲くはずがない。パンジーは冬の花なのだ。
私の目線に気付いたのか、レオールが首を傾げた。
「何か気になることがあるのか?」
「……このパンジーが、今咲いてるなんて」
言いかけて、私は全身を強張らせた。夏とは思えない冷気が一瞬、身体を通り過ぎていった。
悪寒と共に私は冷気の元を探る。
「西から――」
「風が来たな。夏らしくない冷たさだった」
西には私たちがやってきたヴォルデ地方がある。
あそこから冷気がやってきた、というのなら納得ではあるが。
でも私はパンジーと冷気から嫌な想像をした。
一部の魔獣は冷気を操り、夏でも氷点下をもたらす。
そこに軍服を着た帝国の武官が裏庭へ飛び込んできた。
「レオール様、緊急事態です! 魔獣が出現いたしました!」
「何だと。場所は!?」
「我が領地の西端からになります! ただ、報告が錯綜しておりまして……士官が見たことのない魔獣だと報告しているようです!」
「見たことのない魔獣……帝国領地の中でか? 考えられん」
レオールが顎に手を当てた。
帝国は魔獣討伐をマニュアル化しており、種類や対処法を軍人に叩き込んでいるはずだ。帝国大学でも魔獣学については多くの時間を割いていた。
(それなのに魔獣の種類がわからないなんて。そんなこと……)
レオールは踵を返し、武官へついて行こうとする。
「希少な魔獣だな。俺が行く。コーデリア、悪いが会談は中止だ」
「それは構わないけれど――。待って、もしかしたらその魔獣はラッセリア固有の種かもしれないわ!」
はっとして私は叫ぶ。
西からやってきたのと、一瞬通過した冷気、冬のパンジーが咲いている。
冷気をもたらして地面の温度を低下させる魔獣は、確かにいる。
「イエティという大型猿の魔獣よ。ランクはAプラスで、獰猛で触れたものを凍らせる力を持つわ。触られないように気を付けて。でも炎を嫌うから、それで誘導できるはず……っ」
私は早口でまくし立てる。イエティはラッセリア公国の山岳部にしかいない。
帝国では出現しないはずで、帝国の魔獣本にも記載はないはず。
私の言葉を聞いたレオールが振り返り、力強く頷いた。
「……わかった。君の知識を信じよう。君たちは屋敷へ泊まっていってくれ」
祈るように胸に手を当て、レオールを見送る。
その夜、私はレオールの言う通りに彼の屋敷へ泊ることにした。
レオールの執事に案内され、寝室へ向かう。
身体と精神は疲れていたが容易には眠れそうになかった。
ベッドの中に入ってから悶々としてしまう。