銀の羽は、雨音フェチ

第4話 秋時雨の値札

 商店街の掲示板に、羽衣堂の悪口が貼られた。「妙な趣味を売る店」「若者をたぶらかす銀の羽」「月夜の湖に小舟を出す危ない連中」。最後の一文だけ、なぜ知られているのか誰にもわからない。稜翔は「未来の漏えいです」と言い、淳乃に耳を引っぱられた。

 淳乃は紙をはがさず、腕を組んだ。
「はがすと隠したことになります。全部読んで、全部答えましょう」
「地に足がつきすぎて、床がへこみそう」と稜翔が言う。
「あなたの未来発言のせいでもあります」
「はい。複雑な話を複雑なまま伝えた結果です」

 利輝は人を集めようと言いかけて、言葉を飲んだ。大げさに構えるより、いつもの道で見せればいい。総菜屋の前、傘屋の横、古道具屋の軒下。人が毎日通る場所に、羽衣堂の棚を少しだけ出すことにした。

 羽衣は瓶に値札を貼った。「雨どいを流れる秋時雨 三十円」「小豆を鍋に入れる音 五十円」「謝る前に息を吸う音 無料」。安すぎると淳乃が眉を上げる。

「薄利多売にも限度があります」
「無料のものほど、誰かの命をつなぎます」
「その言い方だと値上げしにくい」

 通行人たちは最初、遠巻きに見ていた。だが肉屋が許可を取ってからレジ袋を畳み、中学生が消しゴムの角を守る小箱を展示し、写真館の二人が三十年ぶりに並んで古いカメラを磨くと、空気が変わった。

「変な好きも、誰かの役に立つのか」
「変じゃありません」と羽衣は即答した。「ただ、説明が少し遅れて届くだけです」

 悪口を書いたのは、大家の孫の遼太だった。彼は人前で謝れず、雨の中で震えていた。利輝が銀の羽越しに見ると、彼の好きな感覚は「誰にも聞こえない小声で、名前を呼ばれること」だった。子どものころ、両親のけんかが始まるたび、祖母が押し入れの前で小さく名前を呼び、逃げ道を作ってくれたらしい。

 羽衣が近づき、傘の内側で小さく呼んだ。
「遼太さん」

 彼は一瞬で泣いた。理由は誰も聞かなかった。淳乃が謝罪文の文面を整え、稜翔が濡れた掲示板を直し、利輝は竹座布団を差し出した。遼太が座ると、ぎしっ。場違いな音に、全員が笑った。遼太も泣きながら笑い、大家は炊きたての白米を持ってきた。

 秋時雨はまだ降っていた。けれど羽衣堂の前だけ、雨粒まで少し機嫌がよさそうだった。掲示板には新しい紙が貼られた。

「あなたの好き、笑いません。話す勇気が出ない日は、値札だけ見て帰ってください」
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