紫陽花の短編集物語#2

365通目の“好き”を待ってる

第1話 365日前の恋人より

佳央梨(かおり)は16歳の春、机の引き出しに“未来の日付が書かれた手紙”を見つける。
「佳央梨へ
僕は、1年後のきみの恋人です。
でもこのままだと、僕たちは出会うことさえできない。
湊」
もちろん信じられなかった。いたずらか、夢か――
でも差出人の「湊」という名前に、なぜか胸がざわついた。
【365通目の“好き”を待ってる】





第2話 すこしずつ、すこしずつ、あなたの方へ

手紙が届いてから、3通目の朝。
「今日は、昼休みに図書室の2列目、一番奥の窓際に行ってみて」
湊からの指示に従ってみると、そこには1冊の文庫本。
中には栞代わりの紙切れが挟まれていて、たった一行。
「本のなかに隠れてた君の笑顔、1年後も大好きでした」
誰のことも好きだなんて言われたことがなかった。
だけどなぜか、“未来の彼”が知っている自分は、ちょっと素敵に思えた。
【365通目の“好き”を待ってる】















第3話 まだ会ったことのない誰かに、心が向かっていく

それからというもの、湊の手紙は“きみに起きるかもしれない小さなこと”を予告するようになった。
「明日、いつもより2分遅れて登校してみて」
「帰り道、踏切の向こうで流れる夕焼け、絶対わすれない景色になる」
「図書室で“誰かのひと言”に心が揺れるかもしれないよ」
はじめは半信半疑だったけど、
佳央梨の毎日には、確かにささやかな彩りが増えていった。

そしてある日――
湊からの手紙に、こう書かれていた。
「来週の木曜日。君は僕に会う
だけど、“はじめまして”って言わなきゃいけない。
ごめんね、本当はもっと早く、君に触れたかった」
佳央梨は、封筒をそっと胸に当てた。
まだ会ったことのない誰かに、心が向かっていく。
“好き”なんて言葉、まだ知らないくせに、心はもう、名前を知りたがっている。
【365通目の“好き”を待ってる】


第4話 「はじめまして」の、やさしい嘘

放課後。湊が伝えてきた“木曜日”がやってきた。
佳央梨は、未来からの手紙に書かれた場所——図書館裏の中庭に向かう。
ちょうど、空が夕焼けに染まりはじめたころ。
ベンチには、誰かが腰かけていた。
男の子が、ゆっくり顔をあげて、言った。
「…やっと会えたね、佳央梨さん」
「あ、いや、ごめん。はじめまして。…湊っていいます」
“はじめまして”のはずなのに、
その目は、やさしくて、懐かしくて、少し寂しくて——
まるで「はじめまして」のふりをしているみたいだった。
【365通目の“好き”を待ってる】



第5話 君のが好きで、好きで。

佳央梨「あの…湊くんって、もしかして──」
湊はうなずく。
湊「手紙、受け取ってくれてたんだよね?」
佳央梨「…うん。何通も、何通も」
ふたりの間に、沈黙が流れる。
けれどその沈黙さえも、穏やかだった。
湊「これから、ちゃんと“はじめまして”をやっていこう」
湊「今の僕は、まだ君と未来で付き合ってないけど…」
湊「ここからちゃんと、好きになってもらえるように頑張るから」
その言葉に、佳央梨は小さく笑った。
佳央梨「ううん。たぶんもう――すこし好きになってるよ、わたし」
【365通目の“好き”を待ってる】

第6話 未来へ送る365通目の手紙

湊が未来へ送る365通目の手紙に書いた言葉
「今日、ようやく君に出会えました。
365日、何度も心が折れそうになったけど、
それでも手紙を書き続けてよかった。
だって今日の君は、未来と同じ笑い方をしてたから」

湊、手紙を書いている時に、思わず、微笑むんだ。
【365通目の“好き”を待ってる】











第7話 君と過ごす今日が、いちばん未来だ

それからの日々、佳央梨と湊は“ふたりだけのはじめまして”を丁寧に育てていった。
図書室の席を並んで使ったり、部活帰りにマフィンを半分こしたり。
湊は手紙で知っていた“未来の佳央梨”とは違う表情をする彼女に、
佳央梨は“記憶の中の彼”とは違う、“今を生きる湊”に――またひとつずつ、心を傾けていく。
ある日、湊がぽつりとつぶやく。
湊「未来を変えたら、もともとあった“記憶”も、なくなっちゃうのかな」
佳央梨「……どういうこと?」
湊「この今がどれだけ幸せでも、手紙を書いてくれた“未来の僕”は消えてくのかもしれないって、ふと思っただけ」
佳央梨は、そっと彼の手を握る。
佳央梨「でもその“彼”がくれたのは、わたしの今の心だよ」
佳央梨「記憶はなくなっても、気持ちはちゃんとここに残ってる」

その日の夜、湊はもう手紙を書かなかった。
それは、ついに“未来の彼”が役目を終えたということ。
これからは、“今の湊”が自分で恋をして、自分の言葉で想いを伝える番だから。
「明日、どんな気持ちで君に会えるだろう」
それを想像するだけで、もう誰よりも、佳央梨の“未来”を大切にしていた。
【365通目の“好き”を待ってる】



第8話 君に手紙なんて書かなくても、好きとわかる日

土曜日の午後、春の匂いが風に混ざるころ。
佳央梨と湊は、並んで歩いていた。もう、未来からの手紙は届かない。
けれど、手をつないで歩くだけで、心はちゃんと確かにつながっていた。
湊「最初、ほんとはすごく怖かったんだよ。
――“未来からの恋人”って名乗って、きみに嫌われたらって」
佳央梨「うん。…わたしも、“まだ知らない湊くん”に気持ちが引っぱられてるのが不思議だった」
ふたりは笑い合う。その笑顔は、未来なんて知らなくても惹かれ合ったことの証。
【365通目の“好き”を待ってる】





第9話 365通目の好きは、あなたのまなざしだった。

駅のホーム。帰り際に湊が言う
湊「もしこれが手紙だったら、なんて書いてたと思う?」
佳央梨「うーん…『きみの笑顔があれば、もう何も書かなくていい』、かな」
湊はちょっと照れくさそうに笑って、
佳央梨の髪を指先でふれた。
湊「じゃあこれからは、手紙の代わりに――毎日、ちゃんと伝えるよ」
佳央梨「うん。今日も“好き”って、受け取ったよ」
その夜、佳央梨はもう誰にも宛てない手紙をそっと綴った
「365通目の“好き”は、
たぶん、いま目の前にある“あなたのまなざし”だった。
それだけで、もう充分です。」
【365通目の“好き”を待ってる】






















最終話 『未来のきみ』じゃない、今のわたしとデートして

日曜日の午前9時。
待ち合わせの駅前に、湊は少し早く着いていた。
今日は手紙もなく、自分の選んだ服、自分の気持ちで誘った初めてのデート。
そしてやってきた佳央梨は、少し頬を赤く染めていた。
佳央梨「…湊くん、今日なんか“大人っぽい”ね」
湊「え、そう?佳央梨の方こそ…って、あ、言葉が出てこない」
ふたりして照れて、笑って、ようやく歩き出す。

水族館。クラゲの前で
湊「この青、ほんとに生きてる色なんだな」
佳央梨「うん、少し前まで未来って言葉に支えられてたけど、
いまは“今日の湊くん”が、ちゃんと隣にいるのがうれしい」

帰り道、公園のベンチでアイスを半分にして、分け合い、食べている。
佳央梨「ねえ、湊くん。最初の“手紙”って、どんな気持ちで書いたの?」
湊「んー…“怖い”が8割、“好き”が2割。…でも、読み返したら、きみが笑ってる顔が浮かんだから、送れた」
佳央梨は、すこしだけ照れながらつぶやく。
佳央梨「じゃあ、次は“今のわたし”に、直接伝えて」
湊「……はい。えっと、めちゃくちゃ、好きです」
ふたりの笑い声が、夕暮れの風にふわっと溶けていった。
【365通目の“好き”を待ってる 完結】
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