夢は背中に貼れない5 ~沈黙を継ぐ者~
夢は背中に貼れない5 ~沈黙を継ぐ者~
継承
春のグラウンド。
卒業式の翌日、球児は静かに部室に現れた。
手には、ひとつのユニフォーム。背番号10。
「康太、お前に託す」
康太は、目を見開いた。
「え、俺っすか!? マジで!? いや、でも…俺、まだ1年で…」
球児は、何も言わなかった。ただ、ユニフォームを差し出した。
その背中には、確かに“10”が貼られていた。
康太は、震える手でそれを受け取った。
「俺…球児先輩みたいに、黙って引っ張るのは無理っすよ」
球児は、少しだけ笑った。
「お前は、お前のやり方で走れ。
でも、背番号10は…軽くないぞ」
──継承の瞬間。
康太の物語が、ここから始まる。
その声、何のため?
康太の声は、グラウンドの隅々まで響いていた。
「走れぇぇぇ!」
「ナイスキャッチィィィ!」
部員たちは苦笑いしながらも、どこか安心していた。康太がいると、空気が動く。
新1年マネージャーの咲は、その声に少し戸惑っていた。
「キャプテンって、ずっと叫んでるんですね」
「これは“鼓舞”っす!チームの士気を上げるための“声”っす!」
咲は、康太の言葉をノートに書き留めながら、ふと聞いた。
「でも…その声って、誰のために出してるんですか?」
康太は一瞬、言葉に詰まった。
誰のため?チームのため?自分のため?
球児先輩のように、黙っていても伝わる“存在感”には、まだ遠い。
その日の練習後、康太は部室で一人、咲のノートを見つける。
そこには、こう書かれていた。
「キャプテンの声は、みんなを動かす。でも、時々、誰にも届いてない気がする。」
康太は、初めて“自分の声”について考えた。
叫ぶだけじゃ、伝わらない。
響かせるには、意味が必要だ。
翌朝、康太の声は少しだけ静かだった。
でも、その一言一言に、重みがあった。
「咲、今日のノート、俺にも見せてくれっす」
「え?…はい!」
──その声が、誰かに届くために。
康太は、少しずつ“キャプテン”になっていく。
うるさいキャプテン
「声出していこうぜぇぇぇ!」
康太の叫びは、今日もグラウンドに響いていた。
でも、部員たちの反応はいつもと違った。
誰も返事をしない。誰も笑わない。
「……あれ?」
康太は、違和感を覚えた。
千尋は、黙ってキャッチボールを続けている。
美月は、ノートに何かを書きながら、康太を見ようとしない。
咲だけが、少し心配そうに康太を見ていた。
練習後、康太は美月に聞いた。
「俺、なんか変っすか?」
美月は、ノートを見せながら言った。
「康太の声は、熱い。でも、みんなが求めてるのは“響く声”じゃなくて、“届く声”だと思う」
康太は、言葉を失った。
自分の“声”が、ただの騒音になっていたことに気づく。
その夜、康太は球児先輩の動画を見返した。
無言でベンチから立ち上がり、ただ一言「行こう」と言っただけで、チームが動いた。
「俺の声って、何なんだろう」
康太は、初めて“静かさ”の意味を考えた。
翌朝、康太は声を張らなかった。
代わりに、部員一人ひとりに目を合わせて、短く言った。
「頼む」
「ナイス」
「ありがとう」
その声は、小さかったけど、確かに届いていた。
──“うるさいキャプテン”は、少しだけ静かになった。
でも、その静けさが、チームを動かし始めていた。
球児の背中
康太がキャプテンになってから、何度も思い出す人がいる。
前キャプテン、球児先輩。
無口で、無表情で、でも誰よりも“響く”人だった。
「球児先輩って、なんであんなに静かだったんですか?」
康太が千尋に聞くと、彼は少しだけ笑った。
「静かだったんじゃない。必要な時だけ、喋ってたんだよ」
「……俺、喋りすぎっすか?」
「うん。うるさい」
康太は、球児先輩の過去の試合映像を見返す。
ベンチで黙って腕を組み、仲間のミスにも何も言わない。
でも、誰もがその背中を見て、動いていた。
咲は、康太に言う。
「キャプテンって、声だけじゃないんですね」
「……俺、背中で語るの苦手っす」
その日、康太は練習中に声を出さなかった。
ただ、黙ってノックを打ち続けた。
部員たちは最初戸惑ったが、次第に集中し始めた。
練習後、千尋がぽつりと言った。
「今日の康太、ちょっと球児に似てたな」
康太は、照れくさそうに笑った。
──球児の背中は、遠い。
でも、康太はその背中を追いながら、自分の“声”の形を探していた。
千尋は笑わない
千尋は、いつも静かだった。
練習中も、試合中も、康太の“うるさい声”に反応することはほとんどない。
ただ、的確に動き、的確に指示を出す。それだけ。
康太は、そんな千尋にずっと疑問を持っていた。
「千尋って、なんで笑わないんすか?」
「……笑う理由がないだけだよ」
ある日、咲が千尋に話しかけた。
「副キャプテンって、いつも冷静ですね。怒ったり、喜んだりしないんですか?」
千尋は少しだけ考えて、こう言った。
「感情を出すと、チームが揺れる。俺は、揺らしたくない」
康太は、その言葉に衝撃を受けた。
自分は“声”でチームを動かそうとしている。
でも千尋は、“沈黙”でチームを支えていた。
その日の練習後、康太は千尋に言った。
「俺、千尋みたいになれないっす」
「なれなくていい。お前は、お前の声を探せばいい」
そして、千尋は初めて、少しだけ笑った。
「でも、たまには黙ってみろ。意外と、響くぞ」
──千尋は笑わない。
でも、その沈黙の中には、誰よりも深い“声”があった。
美月のノート
美月は、3年生のマネージャー。
誰よりも静かに、誰よりも長くチームを見てきた人。
彼女のノートには、練習メニューだけじゃなく、選手たちの言葉、表情、沈黙までが記されていた。
ある日、咲がそのノートを見せてもらう。
「これ…全部、先輩が書いたんですか?」
「うん。康太が“声”を出すたびに、私は“記録”を残してるの」
咲は驚く。
そこには、康太の叫びも、千尋の沈黙も、球児の一言も、全部があった。
「2024年5月12日:康太『ナイスキャッチィィィ!』→千尋、無反応」
「2024年6月3日:球児『行こう』→全員、立ち上がる」
康太はそのノートを見て、言葉を失う。
自分の“声”が、どう響いていたのか。
誰に届いて、誰に届かなかったのか。
全部が、そこにあった。
「俺の声、意味あったんすかね…」
美月は、ページをめくりながら言った。
「意味は、あとから見えてくる。
でも、出さなきゃ、何も残らない」
康太は、ノートの空白ページを見つめた。
そこに、自分の“声”を刻むために、また叫ぶことを決めた。
──美月のノートは、チームの“記憶”だった。
そして、康太の“声”は、そこに少しずつ刻まれていく。
声が届かない日
梅雨の空は重く、グラウンドもぬかるんでいた。
練習試合が近づく中、チームの空気はどこかピリついていた。
エースが怪我をし、千尋は無言で練習メニューを変更。
康太は、焦っていた。
「声出していこうぜぇぇぇ!」
「集中ぅぅぅ!」
「おい、聞いてんのかぁぁぁ!」
でも、誰も返事をしなかった。
咲はノートを閉じ、美月は視線をそらし、千尋は黙ってボールを拾っていた。
康太の声は、空を切っていた。
その夜、康太は一人で部室に残った。
「俺の声、誰にも届いてないじゃん…」
ノートを開くと、美月の書き込みが目に入った。
「2024年6月18日:康太、叫ぶ。誰も動かず。
声が大きいほど、孤独になることがある。」
康太は、初めて泣いた。
誰にも見られない場所で、誰にも聞かれない声で。
翌日、康太は声を出さなかった。
ただ、黙ってボールを拾い、黙ってノックを打った。
その静けさに、部員たちは少しだけ目を向けた。
咲がそっと言った。
「キャプテン、今日の声…静かだけど、届いてましたよ」
──“声が届かない日”は、康太にとって転機だった。
叫ぶだけじゃない。
黙ることで、初めて届く声もある。
咲の作戦
梅雨が明け、空は夏の色を取り戻していた。
でも、チームの空気はまだ重かった。
エースの怪我は長引き、康太の声も以前ほど響かない。
そんな中、咲が美月にそっと言った。
「私、ちょっと作戦考えてみたんですけど…」
美月は驚いた。咲が“提案”をするなんて、初めてだった。
咲のノートには、細かく練習の記録が書かれていた。
選手の得意なプレー、苦手なタイミング、声の届き方。
そして、そこから導き出された“咲の作戦”──
「声を減らして、動きを増やす。
キャプテンは“指示”じゃなくて“きっかけ”を作る人になる。」
康太はそのノートを見て、目を丸くした。
「咲、これ…マジで考えたんすか?」
「はい。キャプテンの声、ちゃんと届いてほしくて」
その日、康太は咲の作戦を試した。
声を張る代わりに、ジェスチャーで合図を送り、
選手の動きに合わせて、短く言葉を添える。
「ナイス」
「今だ」
「いいぞ」
チームは、少しずつ動き始めた。
咲の“静かな作戦”が、康太の“声”を変えた。
練習後、千尋がぽつりと言った。
「咲、やるじゃん」
咲は、照れくさそうに笑った。
──咲の作戦は、静かだった。
でも、その静けさが、チームを動かした。
キャプテンのいない試合
試合前日、康太が発熱で倒れた。
「マジっすか…俺、行けないっす…」
電話越しの声は、いつものように大きくはなかった。
チームは動揺した。
「キャプテン、いないのかよ…」
「誰が声出すんだよ…」
千尋は、静かに言った。
「声は出さなくていい。動けばいい」
美月は、康太のノートをベンチに置いた。
咲は、そのノートを見ながら、選手たちに声をかけた。
「キャプテンの代わりに、私が“声”を拾います」
「……咲が?」
「はい。康太先輩の“声”は、ここにあります」
試合が始まった。
ベンチは静かだった。
でも、プレーは力強かった。
千尋は、的確な指示を出し、
咲は、選手の動きを見て、短く声をかける。
「今、いい流れです」
「次、集中してください」
「キャプテンなら、こう言ってます」
その“声”は、康太のものではなかった。
でも、確かに彼の“存在”を感じさせた。
試合は接戦の末、勝利。
選手たちは、ベンチに置かれたノートを囲んだ。
「康太、いなくても勝てたな」
「でも、康太の“声”はあったよな」
──キャプテンのいない試合。
それは、康太の“声”がチームに根付いた証だった。
うるさい声が、響いた
康太は、試合当日の朝、グラウンドに戻ってきた。
「おはようございますっす!」
その声は、いつもより少しだけ低くて、でも確かに“康太”だった。
部員たちは振り返る。
千尋は、無言でキャッチボールを続ける。
咲は、ノートを抱えて微笑む。
美月は、静かにうなずいた。
試合が始まる。
相手は強豪校。
序盤から押され、ミスも続く。
ベンチの空気は重くなる。
康太は、立ち上がった。
「おい! 俺たち、こんなもんじゃねぇだろ!」
「声出せ! 動け! 信じろ!」
その“うるさい声”に、誰かが応えた。
「ナイスキャプテン!」
「行けるぞ!」
「まだ終わってねぇ!」
咲は、ノートに書いた。
「康太先輩の声、今日はうるさい。でも、みんなが笑ってる。」
千尋が、初めて試合中に笑った。
「康太、うるさいけど…悪くないな」
終盤、逆転のチャンス。
康太は、ベンチから叫ぶ。
「咲、タイム! ノート見せてくれっす!」
咲は走ってノートを渡す。
康太は、それを見て、短く言った。
「この作戦、咲が考えたっす。信じてくれっす!」
その一言で、チームは動いた。
最後の一打。結果は勝利。
試合後、康太は泣いていた。
「俺の声、届いたっすか…?」
咲は、ノートを開いて見せた。
「2024年7月10日:康太の声、うるさい。でも、響いた。」
──“うるさい声”は、ただの騒音じゃなかった。
それは、誰かを動かす“響き”になった。
そして、康太は本当のキャプテンになった。
ホームラン学園の野球部はこれからもずっとずっと、キャプテンは背中に10番を背負っていくのでした。
背番号はただの番号じゃない。
いちばん重要な番号だ。
番外編 塁の背中
――誰も、声を出さなかった。塁だけが、立っていた。
「練習、やるぞ」
それだけ言って、誰よりも早く走り出した。
声はなかった。
でも、塁の“背中”が、チームを引っ張った。
☆塁と球児☆
球児は、当時の1年生。
無口で、無表情で、でも塁の背中をずっと見ていた。
「キャプテン、なんでそんなに黙ってるんですか?」
「声は、出すより、残す方が難しい」
「……残す?」
「俺がいなくなっても、誰かが“動く”ようにしたい。
それが、キャプテンの声だと思ってる」
球児は、その言葉を胸に刻んだ。
そして、2年後──彼は“静かなキャプテン”になった。
☆美月の記録
美月は、当時もマネージャーだった。
塁の言葉は少なかったけど、彼女のノートにはこう書かれていた。
「塁先輩は、声を出さない。でも、誰よりも“響いてる”。
彼の背中が、チームの“音”になっている。」
☆最後の試合☆
塁の最後の夏。
強豪校との試合で、誰もが諦めかけたとき──
塁は、ベンチから一歩前に出て、こう言った。
「俺たちは、弱い。でも、逃げない。それだけで、十分強い」
その言葉に、誰もが立ち上がった。でも、塁の“声”は、確かに残った。
☆そして、今☆
康太は、塁の話を聞いていた。
「俺、うるさいっすけど…塁先輩みたいになれるかな」
美月は、ノートを見せながら言った。
「塁は、静かに響いた。
康太は、うるさく響いた。
どっちも、キャプテンだよ」
──塁の物語は、終わった。
でも、その“背中”は、今も誰かを動かしている。
【裏話】
この物語のタイトルは『夢は背中に貼れない』。
それは、背番号を背中に貼ること。
夢を背中に貼れるように成長してほしいと思い、付けました。
お気に入りのタイトルです!!
【みなさんへ】
『夢は背中に貼れない』『夢は背中に貼れない2 ~継承と革命~』『夢は背中に貼れない3 ~10番は笑ってる~』『夢は背中に貼れない4 ~背中で叫ぶ~』に引き続き、『夢は背中に貼れない5 〜沈黙を継ぐ者〜』を読んでくださって、ありがとうございました!!
今回も少しではありましたが、書けて嬉しかったです!!
今回は『記念の第5巻』なので、番外編つきです!
初代の塁のお話です!! ぜひ、読んでください!!
そして、これを読んだあなたに希望を持ってもらえたら嬉しいです!!
今まで本当に『夢は背中に貼れない』シリーズを読んでくれてありがとう!!
次が最終巻でございます……‼
もう、感謝の気持ちでいっぱいです!!
これからも『夢は背中に貼れない』を応援してくださると、幸いです!!
春のグラウンド。
卒業式の翌日、球児は静かに部室に現れた。
手には、ひとつのユニフォーム。背番号10。
「康太、お前に託す」
康太は、目を見開いた。
「え、俺っすか!? マジで!? いや、でも…俺、まだ1年で…」
球児は、何も言わなかった。ただ、ユニフォームを差し出した。
その背中には、確かに“10”が貼られていた。
康太は、震える手でそれを受け取った。
「俺…球児先輩みたいに、黙って引っ張るのは無理っすよ」
球児は、少しだけ笑った。
「お前は、お前のやり方で走れ。
でも、背番号10は…軽くないぞ」
──継承の瞬間。
康太の物語が、ここから始まる。
その声、何のため?
康太の声は、グラウンドの隅々まで響いていた。
「走れぇぇぇ!」
「ナイスキャッチィィィ!」
部員たちは苦笑いしながらも、どこか安心していた。康太がいると、空気が動く。
新1年マネージャーの咲は、その声に少し戸惑っていた。
「キャプテンって、ずっと叫んでるんですね」
「これは“鼓舞”っす!チームの士気を上げるための“声”っす!」
咲は、康太の言葉をノートに書き留めながら、ふと聞いた。
「でも…その声って、誰のために出してるんですか?」
康太は一瞬、言葉に詰まった。
誰のため?チームのため?自分のため?
球児先輩のように、黙っていても伝わる“存在感”には、まだ遠い。
その日の練習後、康太は部室で一人、咲のノートを見つける。
そこには、こう書かれていた。
「キャプテンの声は、みんなを動かす。でも、時々、誰にも届いてない気がする。」
康太は、初めて“自分の声”について考えた。
叫ぶだけじゃ、伝わらない。
響かせるには、意味が必要だ。
翌朝、康太の声は少しだけ静かだった。
でも、その一言一言に、重みがあった。
「咲、今日のノート、俺にも見せてくれっす」
「え?…はい!」
──その声が、誰かに届くために。
康太は、少しずつ“キャプテン”になっていく。
うるさいキャプテン
「声出していこうぜぇぇぇ!」
康太の叫びは、今日もグラウンドに響いていた。
でも、部員たちの反応はいつもと違った。
誰も返事をしない。誰も笑わない。
「……あれ?」
康太は、違和感を覚えた。
千尋は、黙ってキャッチボールを続けている。
美月は、ノートに何かを書きながら、康太を見ようとしない。
咲だけが、少し心配そうに康太を見ていた。
練習後、康太は美月に聞いた。
「俺、なんか変っすか?」
美月は、ノートを見せながら言った。
「康太の声は、熱い。でも、みんなが求めてるのは“響く声”じゃなくて、“届く声”だと思う」
康太は、言葉を失った。
自分の“声”が、ただの騒音になっていたことに気づく。
その夜、康太は球児先輩の動画を見返した。
無言でベンチから立ち上がり、ただ一言「行こう」と言っただけで、チームが動いた。
「俺の声って、何なんだろう」
康太は、初めて“静かさ”の意味を考えた。
翌朝、康太は声を張らなかった。
代わりに、部員一人ひとりに目を合わせて、短く言った。
「頼む」
「ナイス」
「ありがとう」
その声は、小さかったけど、確かに届いていた。
──“うるさいキャプテン”は、少しだけ静かになった。
でも、その静けさが、チームを動かし始めていた。
球児の背中
康太がキャプテンになってから、何度も思い出す人がいる。
前キャプテン、球児先輩。
無口で、無表情で、でも誰よりも“響く”人だった。
「球児先輩って、なんであんなに静かだったんですか?」
康太が千尋に聞くと、彼は少しだけ笑った。
「静かだったんじゃない。必要な時だけ、喋ってたんだよ」
「……俺、喋りすぎっすか?」
「うん。うるさい」
康太は、球児先輩の過去の試合映像を見返す。
ベンチで黙って腕を組み、仲間のミスにも何も言わない。
でも、誰もがその背中を見て、動いていた。
咲は、康太に言う。
「キャプテンって、声だけじゃないんですね」
「……俺、背中で語るの苦手っす」
その日、康太は練習中に声を出さなかった。
ただ、黙ってノックを打ち続けた。
部員たちは最初戸惑ったが、次第に集中し始めた。
練習後、千尋がぽつりと言った。
「今日の康太、ちょっと球児に似てたな」
康太は、照れくさそうに笑った。
──球児の背中は、遠い。
でも、康太はその背中を追いながら、自分の“声”の形を探していた。
千尋は笑わない
千尋は、いつも静かだった。
練習中も、試合中も、康太の“うるさい声”に反応することはほとんどない。
ただ、的確に動き、的確に指示を出す。それだけ。
康太は、そんな千尋にずっと疑問を持っていた。
「千尋って、なんで笑わないんすか?」
「……笑う理由がないだけだよ」
ある日、咲が千尋に話しかけた。
「副キャプテンって、いつも冷静ですね。怒ったり、喜んだりしないんですか?」
千尋は少しだけ考えて、こう言った。
「感情を出すと、チームが揺れる。俺は、揺らしたくない」
康太は、その言葉に衝撃を受けた。
自分は“声”でチームを動かそうとしている。
でも千尋は、“沈黙”でチームを支えていた。
その日の練習後、康太は千尋に言った。
「俺、千尋みたいになれないっす」
「なれなくていい。お前は、お前の声を探せばいい」
そして、千尋は初めて、少しだけ笑った。
「でも、たまには黙ってみろ。意外と、響くぞ」
──千尋は笑わない。
でも、その沈黙の中には、誰よりも深い“声”があった。
美月のノート
美月は、3年生のマネージャー。
誰よりも静かに、誰よりも長くチームを見てきた人。
彼女のノートには、練習メニューだけじゃなく、選手たちの言葉、表情、沈黙までが記されていた。
ある日、咲がそのノートを見せてもらう。
「これ…全部、先輩が書いたんですか?」
「うん。康太が“声”を出すたびに、私は“記録”を残してるの」
咲は驚く。
そこには、康太の叫びも、千尋の沈黙も、球児の一言も、全部があった。
「2024年5月12日:康太『ナイスキャッチィィィ!』→千尋、無反応」
「2024年6月3日:球児『行こう』→全員、立ち上がる」
康太はそのノートを見て、言葉を失う。
自分の“声”が、どう響いていたのか。
誰に届いて、誰に届かなかったのか。
全部が、そこにあった。
「俺の声、意味あったんすかね…」
美月は、ページをめくりながら言った。
「意味は、あとから見えてくる。
でも、出さなきゃ、何も残らない」
康太は、ノートの空白ページを見つめた。
そこに、自分の“声”を刻むために、また叫ぶことを決めた。
──美月のノートは、チームの“記憶”だった。
そして、康太の“声”は、そこに少しずつ刻まれていく。
声が届かない日
梅雨の空は重く、グラウンドもぬかるんでいた。
練習試合が近づく中、チームの空気はどこかピリついていた。
エースが怪我をし、千尋は無言で練習メニューを変更。
康太は、焦っていた。
「声出していこうぜぇぇぇ!」
「集中ぅぅぅ!」
「おい、聞いてんのかぁぁぁ!」
でも、誰も返事をしなかった。
咲はノートを閉じ、美月は視線をそらし、千尋は黙ってボールを拾っていた。
康太の声は、空を切っていた。
その夜、康太は一人で部室に残った。
「俺の声、誰にも届いてないじゃん…」
ノートを開くと、美月の書き込みが目に入った。
「2024年6月18日:康太、叫ぶ。誰も動かず。
声が大きいほど、孤独になることがある。」
康太は、初めて泣いた。
誰にも見られない場所で、誰にも聞かれない声で。
翌日、康太は声を出さなかった。
ただ、黙ってボールを拾い、黙ってノックを打った。
その静けさに、部員たちは少しだけ目を向けた。
咲がそっと言った。
「キャプテン、今日の声…静かだけど、届いてましたよ」
──“声が届かない日”は、康太にとって転機だった。
叫ぶだけじゃない。
黙ることで、初めて届く声もある。
咲の作戦
梅雨が明け、空は夏の色を取り戻していた。
でも、チームの空気はまだ重かった。
エースの怪我は長引き、康太の声も以前ほど響かない。
そんな中、咲が美月にそっと言った。
「私、ちょっと作戦考えてみたんですけど…」
美月は驚いた。咲が“提案”をするなんて、初めてだった。
咲のノートには、細かく練習の記録が書かれていた。
選手の得意なプレー、苦手なタイミング、声の届き方。
そして、そこから導き出された“咲の作戦”──
「声を減らして、動きを増やす。
キャプテンは“指示”じゃなくて“きっかけ”を作る人になる。」
康太はそのノートを見て、目を丸くした。
「咲、これ…マジで考えたんすか?」
「はい。キャプテンの声、ちゃんと届いてほしくて」
その日、康太は咲の作戦を試した。
声を張る代わりに、ジェスチャーで合図を送り、
選手の動きに合わせて、短く言葉を添える。
「ナイス」
「今だ」
「いいぞ」
チームは、少しずつ動き始めた。
咲の“静かな作戦”が、康太の“声”を変えた。
練習後、千尋がぽつりと言った。
「咲、やるじゃん」
咲は、照れくさそうに笑った。
──咲の作戦は、静かだった。
でも、その静けさが、チームを動かした。
キャプテンのいない試合
試合前日、康太が発熱で倒れた。
「マジっすか…俺、行けないっす…」
電話越しの声は、いつものように大きくはなかった。
チームは動揺した。
「キャプテン、いないのかよ…」
「誰が声出すんだよ…」
千尋は、静かに言った。
「声は出さなくていい。動けばいい」
美月は、康太のノートをベンチに置いた。
咲は、そのノートを見ながら、選手たちに声をかけた。
「キャプテンの代わりに、私が“声”を拾います」
「……咲が?」
「はい。康太先輩の“声”は、ここにあります」
試合が始まった。
ベンチは静かだった。
でも、プレーは力強かった。
千尋は、的確な指示を出し、
咲は、選手の動きを見て、短く声をかける。
「今、いい流れです」
「次、集中してください」
「キャプテンなら、こう言ってます」
その“声”は、康太のものではなかった。
でも、確かに彼の“存在”を感じさせた。
試合は接戦の末、勝利。
選手たちは、ベンチに置かれたノートを囲んだ。
「康太、いなくても勝てたな」
「でも、康太の“声”はあったよな」
──キャプテンのいない試合。
それは、康太の“声”がチームに根付いた証だった。
うるさい声が、響いた
康太は、試合当日の朝、グラウンドに戻ってきた。
「おはようございますっす!」
その声は、いつもより少しだけ低くて、でも確かに“康太”だった。
部員たちは振り返る。
千尋は、無言でキャッチボールを続ける。
咲は、ノートを抱えて微笑む。
美月は、静かにうなずいた。
試合が始まる。
相手は強豪校。
序盤から押され、ミスも続く。
ベンチの空気は重くなる。
康太は、立ち上がった。
「おい! 俺たち、こんなもんじゃねぇだろ!」
「声出せ! 動け! 信じろ!」
その“うるさい声”に、誰かが応えた。
「ナイスキャプテン!」
「行けるぞ!」
「まだ終わってねぇ!」
咲は、ノートに書いた。
「康太先輩の声、今日はうるさい。でも、みんなが笑ってる。」
千尋が、初めて試合中に笑った。
「康太、うるさいけど…悪くないな」
終盤、逆転のチャンス。
康太は、ベンチから叫ぶ。
「咲、タイム! ノート見せてくれっす!」
咲は走ってノートを渡す。
康太は、それを見て、短く言った。
「この作戦、咲が考えたっす。信じてくれっす!」
その一言で、チームは動いた。
最後の一打。結果は勝利。
試合後、康太は泣いていた。
「俺の声、届いたっすか…?」
咲は、ノートを開いて見せた。
「2024年7月10日:康太の声、うるさい。でも、響いた。」
──“うるさい声”は、ただの騒音じゃなかった。
それは、誰かを動かす“響き”になった。
そして、康太は本当のキャプテンになった。
ホームラン学園の野球部はこれからもずっとずっと、キャプテンは背中に10番を背負っていくのでした。
背番号はただの番号じゃない。
いちばん重要な番号だ。
番外編 塁の背中
――誰も、声を出さなかった。塁だけが、立っていた。
「練習、やるぞ」
それだけ言って、誰よりも早く走り出した。
声はなかった。
でも、塁の“背中”が、チームを引っ張った。
☆塁と球児☆
球児は、当時の1年生。
無口で、無表情で、でも塁の背中をずっと見ていた。
「キャプテン、なんでそんなに黙ってるんですか?」
「声は、出すより、残す方が難しい」
「……残す?」
「俺がいなくなっても、誰かが“動く”ようにしたい。
それが、キャプテンの声だと思ってる」
球児は、その言葉を胸に刻んだ。
そして、2年後──彼は“静かなキャプテン”になった。
☆美月の記録
美月は、当時もマネージャーだった。
塁の言葉は少なかったけど、彼女のノートにはこう書かれていた。
「塁先輩は、声を出さない。でも、誰よりも“響いてる”。
彼の背中が、チームの“音”になっている。」
☆最後の試合☆
塁の最後の夏。
強豪校との試合で、誰もが諦めかけたとき──
塁は、ベンチから一歩前に出て、こう言った。
「俺たちは、弱い。でも、逃げない。それだけで、十分強い」
その言葉に、誰もが立ち上がった。でも、塁の“声”は、確かに残った。
☆そして、今☆
康太は、塁の話を聞いていた。
「俺、うるさいっすけど…塁先輩みたいになれるかな」
美月は、ノートを見せながら言った。
「塁は、静かに響いた。
康太は、うるさく響いた。
どっちも、キャプテンだよ」
──塁の物語は、終わった。
でも、その“背中”は、今も誰かを動かしている。
【裏話】
この物語のタイトルは『夢は背中に貼れない』。
それは、背番号を背中に貼ること。
夢を背中に貼れるように成長してほしいと思い、付けました。
お気に入りのタイトルです!!
【みなさんへ】
『夢は背中に貼れない』『夢は背中に貼れない2 ~継承と革命~』『夢は背中に貼れない3 ~10番は笑ってる~』『夢は背中に貼れない4 ~背中で叫ぶ~』に引き続き、『夢は背中に貼れない5 〜沈黙を継ぐ者〜』を読んでくださって、ありがとうございました!!
今回も少しではありましたが、書けて嬉しかったです!!
今回は『記念の第5巻』なので、番外編つきです!
初代の塁のお話です!! ぜひ、読んでください!!
そして、これを読んだあなたに希望を持ってもらえたら嬉しいです!!
今まで本当に『夢は背中に貼れない』シリーズを読んでくれてありがとう!!
次が最終巻でございます……‼
もう、感謝の気持ちでいっぱいです!!
これからも『夢は背中に貼れない』を応援してくださると、幸いです!!


