拳にモノを言わせますけどよろしくて?
 首の後ろに符を貼られると、高ぶっていた気が少し落ち着いてきた。パルミロはつぶやくようにこぼす。

「セミオンは……第二王子であるせいで、外交の駒として妙な姫君を押しつけられそうになったと言ってきたんだ。兄上は国内のよく知った令嬢を選ぶことができて良かったな、と」

 それは二人が言い争ったと噂された時のこと。見知らぬリュティシアとの婚約で騒動を起こしたセミオンは、王太子たる兄が何事でも優遇されていると主張して喧嘩を吹っ掛けたらしい。

「おまえこそ、上に立つ責任を知らないのかと叱りつけてやったよ。あの甘ったれめ」
「それぞれの立場にご苦労はあるものです。私のような平民がもっとも気楽かもしれませんなあ」
「ジェレミアスは重要な職について責任を果たしているだろう。だがそうか、おまえがどこぞの貴族の流れの者なら、こんな愚痴はもらせないな」

 利害関係を持たないジェレミアスだからこそ、王族たちの晶化術にたずさわっても問題がないのだ。コロリと結晶が生成されるとパルミロは深呼吸して首と肩を回した。

「ふう……晶術師として出世すると末端の貴族との結婚話が持ち上がることも多いのに、ジェレミアスは独り身だったか」
「私など研究と仕事ばかりで面白みがございません。妻がおってもあきれられ冷え切ってしまうのではありませんかな――殿下と妃殿下は仲がよろしいのですから、お気を楽になさればきっと」

 片づけをしながらジェレミアスはおだやかに声をかける。採取した「焦」の結晶は暗い朱色。使った符も黒かったインクが濃朱に染まっている。
 そしてパラリ。何故か二枚重ねになっていた符が使用済み小箱の中に落ちた。そちらは黒々としたインクのまま――しかし描かれた線が溶けたように穴となり、紙はボロボロと崩れそうになっている。
 その符にパルミロは気づいていなかった。ジェレミアスも素知らぬ顔でしまいこむ。そして、いつものように静かに頭を下げ御前を辞した。


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