エリート外交官の完璧なる偽装結婚 ……のはずが旦那様は私を溺愛しているみたいです?!
「どうして? お母さんももういないのに、お父さんまでいなくなるのは嫌だよ」

「そうだな。でもすまない、仁奈。お父さんは、これ以上仁奈に負担をかけるのは嫌なんだ」

「負担とか迷惑とか、私はそんな風に思ってない!」

 でもお父さんは静かに首を横に振った。

「お母さんが死んでしまってから、家事や亮介の世話は仁奈に頼ってばかりだった。今は家計まで仁奈に支えてもらっている。父親として情けない限りだ。そのせいで年相応に楽しむ時間を仁奈からずっと奪ってしまっていた。そのことをずっと申し訳なく思っていた」

 穏やかな表情で笑って、お父さんは続けた。

「だから、もう父さんのことは気にしないでいい。死んだら保険が下りるだろうから、そのお金で亮介の学費を払ってくれ。仁奈はもう好きなことをしていいんだよ。恋人を作ったり、友達と遊びに行ったり、家族に囚われないで、好きに暮らしていいんだ」

 私はなにも言えないまま、立ち上がって和室から出て行った。

 このまま家にいたらお父さんにどんな言葉をぶつけてしまうかわからなくて、家を出た。

 八月をすぎてもまだまだ暑く、蝉が激しく鳴いている。私も同じように叫びたくなった。やり場のない怒りが体の内側で渦巻いて、発散したくて仕方がなかった。

 お父さんはわからずやだ。私の気持ちをなにひとつわかっていない。
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