エリート外交官の完璧なる偽装結婚 ……のはずが旦那様は私を溺愛しているみたいです?!
 お父さんに負担を強いられているとか、迷惑をかけられていると思ったことは一度もない。

 お母さんが亡くなってから、家事は私の仕事だった。でもそれはお父さんに頼まれたからではなく、私が忙しそうなお父さんを助けてあげたくて自主的に行っていた。

 友達が放課後楽しそうに遊ぶ中、私は毎日まっすぐ家に帰っていたし、高校生の時に初めてできた彼氏には「俺より父親と弟の方が大事なの?」と言われてフラれた。だからといって自分を犠牲にしているとは考えなかった。私はただ、家族を大切にしたいだけ。

 でも今そう伝えたところでお父さんには伝わらないと思った。私がお父さんなら、同じことを言われても、気をつかって強がりを言っているんだと受け流す。

 いっそ恋人でも作ったら、お父さんは私が幸せだと認識するんだろうか。私に負い目を感じることなく、治療を受け入れてくれるかもしれない。

 でも恋人を作ろうにも相手が必要だ。好きな人はいないし、そんな理由で誰かに告白するのは失礼すぎてできない。

 その時、ポケットに入れていたスマホが震えた。画面には『黒崎さん』と表示されている。

 ひと月前、ロンドンで出会ったのがもう懐かしい。何の用だろうと、私は首を傾げながらスマホを手に取った。

『ごめん、仕事が立て込んでて連絡できなかった。ロンドンの時のお礼で飯奢るよ。都合良い日ある?』

 落ち着いた声で端的に用件を述べる黒崎さんを、らしいなと思った。電話越しに小さくキーボードを打つ音も聞こえる。電話の時間も無駄にすることなく、仕事も同時にしているんだろう。

『野々村さん?』
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