エリート外交官の完璧なる偽装結婚 ……のはずが旦那様は私を溺愛しているみたいです?!
 父親とも呼びたくないその男は、絵に描いたようなダメ人間だった。

 俺が幼い頃、小さな出版社を経営していた頃は良くも悪くも普通の父親だったと思う。構ってもらった記憶はないから判断材料が乏しいものの、少なくとも仕事はしていたから、普通と評していいはずだ。

 だが会社が倒産してから奴は一変し、昼間から酒を飲むろくでなしに成り下がった。母に暴力を振るい、ギャンブルにのめり込む日々。

 そのくせ母が見限って出て行こうとすると「見捨てるならおまえの前で死んでやる!」と己の首に包丁を当てて喚き散らす。

 揚げ句の果てに、膨大な借金を残して女を作って家を出て行った。最後までどうしようもない男だった。当時の記憶はあやふやだ。ただ奴が出て行って、心底ホッとしたことだけは覚えている。

 でも奴が消えてからも地獄は続いた。

 母は借金の連帯保証人になっていて、母は逃げた奴の代わりに多額の借金を背負わされ、文字通り身を粉にして働く羽目になった。

 母は大学で講師をしていたが、その給料だけでは借金の返済が間に合わず、夜も銀座のクラブで働き始めた。

 給料が安いならクラブで働く前に転職すればいいのに。そう思って母に言ったことがあるけれど、母は苦笑いをするだけだった。今思えば、まだ手のかかる子供がいる女性が大学講師より高い給与がもらえる職に就くのは難しかったんだろう。

 何もできない俺は、せめて母の負担にならないようすべてを完璧にこなすように努めた。勉強も、人間関係も、家事もすべて。

 学校に帰ってから夜眠るまで、誰もいない家で俺はいつも本を読んで過ごしていた。図書館は一日三冊までしか借りれなかったから、余った時間は西欧の比較言語学を専門として研究する母が集めた文献をパラパラめくっていた。外国語や異国文化に興味を持ち始めたのもその影響だ。

 母は毎日疲れた顔をしていた。でも一時から笑顔が増えた。母が働くクラブに義父が客として通うようになったのもその頃だったらしい。義父と再婚した時は、俺の肩の荷も下りた気がした。
 
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