エリート外交官の完璧なる偽装結婚 ……のはずが旦那様は私を溺愛しているみたいです?!
「東條さくらのことか? どうして彼女の名前が出てくるんだ」

「どうしてって……滉太郎さんはさくらさんと婚約するはずだったんでしょう?」

「なんだそれ。ああ、俺を捨てる口実?」

 鼻で笑いながら、滉太郎さんが吐き捨てるように言った。

 なにかおかしいと思った。滉太郎さんも偽装結婚の解消を望んでいるはずなのに。

 滉太郎さんがゆっくりと立ち上がった。窓際の小さな丸テーブルに置かれた内線電話の受話器を取り、「あとの料理はキャンセルさせてください。料金は支払います」と短く告げた。

 得体の知れない不安が背後から忍び寄る。

 滉太郎さんは光が灯っていない暗い目をしながら、私に近づいてくる。

「仁奈、おいで」

 甘いマスクで呼びかけられたのに、背筋があわ立った。滉太郎さんの目は笑っていない。怒っているのかもしれない。

「仁奈」

 悪い予感はするのに、私はその声に抗えなかった。おずおず立ち上がると、滉太郎さんは私の手を強く引いた。

 大股でリビングを横切る滉太郎さんの後ろを早足でついて行く。痕がつきそうなくらい強く握られた手首が痛い。

 向かった先にはキングサイズのベッドがあった。滉太郎さんは私を抱き上げ、そこへ横たえると、私の上に乗り上げた。

「まさか今日このタイミングで別れを告げられるとは思わなかったよ」

「もしかして、怒ってますか……?」

「まさか。俺が仁奈に怒るわけないだろ」

 私を跨ぐようにして膝立ちになりながら、滉太郎さんはネクタイに指を引っ掛けて、見せつけるように外している。私は戸惑いながらその様子を見上げた。

「でも俺を捨てようとしていたとは予想外だった」
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