エリート外交官の完璧なる偽装結婚 ……のはずが旦那様は私を溺愛しているみたいです?!
 とりあえず搭乗が始まるまで座っていよう。そう思ってベンチを目指していたのだが、あまりにフラフラしすぎたせいで、優先搭乗の列に並んでいる人のスーツケースにつまづいてしまった。盛大に床に打ちつけて膝が痛い。

 それより私、人様の荷物を蹴っ飛ばしちゃったよね。

「ごめんなさい!」

 床にうずくまったまま、慌てて謝る。

「大丈夫ですか? あと、これ落としましたよ」

 私が蹴ってしまったスーツケースの持ち主であろう男性が腰をかがめて、私が転んだ拍子にバッグから飛び出したらしいポーチとスマホをそれぞれ拾ってくれた。

 ポーチにはパスポートが入っている。危ない、このまま忘れたら入国できなくなるところだった。

 お礼を言って彼の手から受け取る。前髪と眼鏡とマスクで顔の四分の三が隠れている彼の、唯一見える綺麗なアーモンド状の目と視線がぶつかった。

「いえ、落とし物のせいで搭乗に遅れが生じたら困るので」

 静かに言って、彼は列に戻った。

 突き放したような言い方に少し動揺した。怒っていたんだろうか。荷物を蹴った上に面倒までかけてしまったし。

 もう一度頭を下げて、私も立ち上がってベンチに座った。

 なんとはなしに窓を見やる。私が乗る飛行機に橋が合体している。あそこから乗るんだろう。

 空には分厚い雲がかかっている。せっかく初めて飛行機に乗るのだし、雨が降らなければいいなと思った。

 地上は曇っていたけれど雲の上は眩しいくらいの快晴で、離陸してしばらくは窓の外から見える澄んだ青と白の景色を楽しんだ。でもそのうち変わらない景色に飽きてきて、バッグから本を取り出した。

 卒業論文の題材にも選んだ有名なイギリス文学。もう十回は読んでいるから表紙の印刷が擦れている。今回の旅行ではその舞台となったヨークシャーにも足を運ぶつもりだ。
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