エリート外交官の完璧なる偽装結婚 ……のはずが旦那様は私を溺愛しているみたいです?!
 千穂の表情がひび割れていく。

「なにそれ、冗談でしょ?」

「違うの。本当に」

「だって黒崎さんって外交官でしょ。しかもイケメンで、義理の父親は国会議員。そんな雲の上に住んでる人が、仁奈ごときを選ぶはずないじゃん」

 小さな呟きは辺りの喧騒にかき消されることなく私の耳に届いて耳朶を切り裂いた。

「仁奈は騙されてるんだよ。黒崎さんは、仁奈みたいな貧乏人が物珍しいからちょっと遊んでるだけでしょ。きっとすぐ飽きて別の女のところに行くよ。外交官なんてよそで遊びまくってるだろうし。色んな国に女がいるんじゃない?」

「滉太郎さんはそんな人じゃない。その言葉、今すぐ訂正して」

 私は堪らず言い返した。滉太郎さんを悪く言われることは許せなかった。

 千穂の目が吊り上がる。千穂が口を開いた時、階段から「あっ、千穂ちゃんじゃーん」と軽い口調の声がボールのように弾んで届いた。

 千穂の肩越しに男性がふたりが階段を登ってくるのが見える。それぞれ金髪と茶髪で、ワックスで髪をかなり固めているのか毛先はまったく揺れていない。

「遅いじゃん。待ってたよー。この子がお友達?」

 金髪の男性がまるで恋人のように背後から千穂を抱きしめる。途端に千穂の表情が和らぐ。

「うん。でもこの子、頭固くって、突然行かないとか言い出してさ」

「えー、マジでー? 一緒に行こうよー、俺ら最高に盛り上げるからさー」

「そーそー。今夜は俺と楽しも? 姫」

 黒髪の男性に腰を引き寄せられ、私はギョッとして彼の体を押して離れようとした。でも思いのほか力が強くて、彼の体はびくともしない。
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