エリート外交官の完璧なる偽装結婚 ……のはずが旦那様は私を溺愛しているみたいです?!
 千穂が男性と腕を組みながら階段を降りていく。私の腰を抱いた男性も続こうとする。私は足を踏ん張ってその場に止まった。今度は強い力で思いきり彼の手を引き剥がす。「うおっ」と驚いた声が聞こえる。

「ごめん、千穂。私、行かないから」

 それだけ告げ、足早にその場を立ち去った。

 駅に向かい、人とぶつからないよう端っこを歩いてホームにたどり着き、ちょうどきた電車に乗り込んだ。

 電車の中はかろうじて肩と肩が触れ合わない程度に混んでいて、私はドアに体をもたれると、口からため息がこぼれた。千穂から投げつけられた言葉に今さらぶたれたような気分になる。

 仁奈、ごとき。

 私が取るに足らない存在なのはその通りかもしれないけど、大切な友人だと思っていた千穂に言われるのはショックだった。友達だと思っていたのは、私だけだったのかな。

 落ち込んでいる間に最寄駅に着き、トボトボと電車を降りた。

 家に向かっている途中、また私に歩調を合わせているような足音が背後から聞こえてきた。立ち止まって振り返ると、黒いキャップを深く被った男性が同じように立ち止まっていた。マスクをしていて顔は見えないが、慌てた様子でキョロキョロした後、踵を返して去っていった。

 明らかに怪しい。ゾッとして、私は駆け足で家に帰った。

「おかえり……って大丈夫か、仁奈?」

 マンションの自動ドアを抜けても不安が拭えなくて、駆け込むように玄関のドアをくぐった。

 家にはすでに明かりがついていて、滉太郎さんがリビングのドアを開けてこちらを覗き込んだ。息を切らした私を見て、驚いたように目を丸くしている。

「た、ただいま、滉太郎さん」
< 95 / 123 >

この作品をシェア

pagetop