工場の闇に咲く恋 ~レンズが捉えた秘密~
「ふみ、部屋に行って着替えるぞ」
愛斗はふみの手を強く引き、わざと幸輝の目の前へと進み出ると、何も言わずにふみを抱き寄せ、その唇に激しく口づけた。
突然の行動に、ふみは最初は目を開けたままだったが、すぐに状況を察して瞳を閉じ、愛斗の腕の中に身を預けた。一度唇が離れても、愛斗はすぐにまた重ねるようにキスを繰り返し、自分たちが誰よりも深く結ばれていることを、目の前の男に見せつけるかのようだった。
幸輝はその場に立ったまま、二人の様子を食い入るように見つめていた。涎でも垂らしそうなほど、その目はふみに釘付けになっている。
そして突然、彼は口を開いた。
「……僕も、したいな」
「え?」
予期せぬ言葉に、愛斗が眉をひそめる。すると幸輝は、今までのにやけた笑みをさらに深め、開き直ったように言い放った。
「もうとっくにバレちゃってるから、もういいや」
その瞬間、幸輝が勢いよく身を乗り出し、ふみの腕を掴んで引き寄せると、無理やり唇を奪ってきた。
「きゃっ……!」
ふみは驚き、必死に顔を背けて離れようとするが、幸輝は力任せに抱きしめ、なおも唇を押しつけてくる。嫌がるふみの抵抗などお構いなしに、汚い欲望のままに口づけを続ける。
「てめえええっ!」
愛斗が怒りに我を忘れ、幸輝の体を無理やり引き剥がして突き飛ばそうとした、まさにそのとき。
ガンッ!
重い音が響き、幸輝は何者かの拳が頬にめり込む勢いで打たれ、そのまま床に倒れ込んだ。
「最低だ……気持ち悪い」
貞夫が荒い息を吐きながら立っていた。怒りで顔面を真っ赤にし、震える拳を睨みつけている。
「き、気持ち悪い……?」
幸輝はよろよろと体を起こし、信じられないというようにふみを見上げる。自分の行いが受け入れられると本気で思っていたのか、その表情はみるみるうちに歪んでいく。
「ふみ、口をゆすいでおいで。水でよく洗って、早く忘れなさい」
「……うん」
ふみは涙目で頷き、慌てて洗面所へと駆け出した。その背中を見送って、貞夫は再び幸輝に鋭い視線を向ける。
「ふみに何してくれてんだ、てめえ……」
愛斗もまた、体の震えを抑えきれずに幸輝を睨みつけた。
「僕だって……僕もふみちゃんが好きなんだよ!」
幸輝は叫ぶように言い返す。
「ふみちゃんは俺が好きなんだ! 俺のものなんだ!」
「そんなの関係ないだろ! 僕は諦めないよ。ふみちゃんのこと、ずっとずっと見てるんだから。愛斗くんがいなくなるまで、別れるまで、ずっと待ってるんだからな!」
「……お前、頭大丈夫か?」
あまりの自分勝手な理屈に、愛斗は言葉を失った。ここまで常識が通じない相手だとは思わなかった。
「ふざけるな……」
貞夫が再び足を踏み出す。今度は一歩ごとに、空気が張り詰めるような重圧が生まれた。
「お、お父さん……?」
幸輝が怯えて後ずさりする。だが逃げ場などない。貞夫の渾身の右拳が、彼の顔面にまっすぐに叩き込まれた。
ドゴッ!
今度こそ反撃する間もなく、幸輝は壁際まで吹き飛ばされ、背中で壁に激突する。その衝撃で、彼のポケットや上着の中から、ばらばらと紙切れが落ちてきた
愛斗はそのうちの一枚を無意識に拾い上げた。
——そこには、殴り書きのような文字で「ふみ」と書かれていた。
嫌な予感がして、さらに紙を広げる。その内容を目にした瞬間、愛斗の全身の血が沸騰するような怒りに変わった。
『ふみちゃんは今日何色のパンツを履いてるかな?』
『団子を食べてる口元、浴衣のはだけた肌、全部全部エロくてたまらない』『邪魔者の愛斗は死ねばいいのに』
その紙には、ふみへのストーカーめいた感情、性的な妄想、そして愛斗への殺意までもが、汚い字でびっしりと書き連ねられていた。
「これは……なんだ……」
愛斗は声を震わせた。
「俺が死ねだと? これはどういう意味だ……?」
貞夫も愛斗の手元を覗き込み、その内容を目にした。先ほどまでの怒りが、さらに沸点を超え、彼の中で殺気に変わったのがわかった。
「……てめえ……」
低い、底から響くような声が、部屋中に響き渡った。
貞夫は幸輝に向かって突進すると、もはや容赦など一切なかった。顔も体も、関節も、力の限り殴り、蹴り、壁に叩きつける。
「ふみにこんなことばっか考えて、こんなものまで書いて……許さない……絶対に許さない……!」
愛斗は暴れる貞夫を止めることもできず、ただただふみの元へと走り、彼女を危険から守るように強く抱きしめた。
壁際でボコボコにされ、体中を痛めつけられた幸輝は、やがて泣き崩れ、情けない声で叫んだ。
「ごめんなさい……! もう二度としません……! 許してください……!」
その声は、誰に届くでもなく、静かな部屋の中に虚しく響き続けた。
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