鬼上司のギャップ沼は落ちたら抜け出せない
「佐久間さん、相変わらず怖いよねぇ」
 高速でキーボードを打ちながら小林さんが小声で呟く。否定はできなくて私は苦笑いを浮かべた。
「榎本さん、よくやってるよ。あの鬼が新卒の時の教育係だったんでしょ? 私だったら三日で辞めてる自信ある」
「顔は怖いですけど、アドバイスは的確ですから」
 佐久間さんのアドバイスのおかげで獲れた契約は数知れず、だ。
 佐久間さんが課長に昇進した今も部下としてお世話になっている。商談に行く前は必ず佐久間さんにプレゼン内容の確認をしてもらうのは、教育係だった時からの習慣だ。
 怖いけれど、誰よりもお世話になっている。なので正直に言うと小林さんは信じられないと言わんばかりに訝しげな目をした。
「佐久間さんへの解釈、ポジティブすぎない? もしかしてふたりって付き合ってるの?」
「いやいやいやいや、まさか」
 小林さんがとんでもないことを言い出すので、私は高速で首を横に振った。
 佐久間さんはただの先輩。そんな対象として見たことは一度もない。というか私と佐久間さんでは明らかに釣り合わないと思う。モデル並みにイケメンの佐久間さんが私みたいなちんちくりんを恋人に選ぶはずがない。
「付き合ってもないのにあのスパルタに耐えてるって、榎本さんのメンタルって鋼なの?」
「鋼ではないですけど……時々心折れそうになった時は、篠嗣さんが上司だったらこんな感じかもと思ってやる気を出してます」
「ああ……確かに似てるかも」
「ですよね!」
「でもあの厳しさは二次元だから許されるのよ。エッジ効きすぎじゃない?」
「でもほら、佐久間さんも褒めるところは褒めてくれますし!」
「まあねぇ。この間契約獲得のご褒美で差し入れてもらったケーキは美味しかったけど……」
 鬼みたいに怖い佐久間さんだけれど、成果を出した部下を労う優しい一面もあるのだ。そんなところも篠嗣さんそっくり。
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