鬼上司のギャップ沼は落ちたら抜け出せない
 入社してから四年、佐久間さんとは師匠と弟子みたいな間柄でずっと一緒にいるから、ついなんでも話してしまう。頭の回転が速い佐久間さんの会話のテンポについていくためには、言葉を吟味している時間なんてないのだ。
 顔は怖いし口調はキツいけれど、本気で怒ることはそれほど多くない。それを知っているから口が軽くなっているというのもある。
 だからこれくらいは言っても大丈夫と思っていたものの、佐久間さんはムッと眉間に皺を寄せてなにやら考え込んでいる。まさか怒ってるんだろうか。
「すみません。さっきのはその……」
「榎本も、俺のこと怖いって思ってる?」
 焦って言い訳しようとしたら、佐久間さんが突然そんなことを言い出して、私は目を瞬かせた。
 正直なところ怖いけれども、篠嗣さんと重ねてるので平気です、とは言えない。さすがに引かれるだろう。
 佐久間さんは私の反応を見るようにじっと見つめている。顔面が恐ろしく整っているからその迫力に気圧される。
 気のせいか佐久間さんの目が切実そうに見えて、冗談を言えるような空気じゃなかった。
「私は慣れたんで平気です」
 苦笑まじりに言うと、佐久間さんは「ふーん」と思いのほかあっさりとした返事をした。
「榎本が平気ならいいや」
「いや、私を基準にしないでくださいよ。私は佐久間さんへの耐性がついてるだけですから」
「俺は病原菌かよ。別に怖がられてようが結果さえ残せていたらそれでいい」
「……そうなんですか?」
 さっきの真剣そうな空気はなんだったのか。私に怖いかどうか聞く必要もなかったんじゃ。
「じゃあ資料直したらもう一回俺に見せて」
 私の疑問を置き去りにして、佐久間さんはノートパソコンを閉じて立ち上がった。
「ありがとうございました!」
 ワンテンポ遅れて私も立ち上がり、佐久間さんの背中に頭を下げる。佐久間さんは片手を上げて、颯爽と去っていった。
 私も次に技術部との打ち合わせがあるから急いで戻って準備をしないと。
 小走りで自席へ戻る時にはもう次の打ち合わせのことで頭がいっぱいで、さっき佐久間さんの様子が変だったことなんてすっかり忘れていた。
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