鬼上司のギャップ沼は落ちたら抜け出せない
「でもまさか榎本に出くわすとはな」
 佐久間さんが肩を落としながらため息をついた。私に会いたくなかったと言わんばかりの反応に胸がズキっと痛む。
「すみません。業務時間外なのに邪魔をしてしまって」
「邪魔とは思ってない。ただ、榎本にこんな情けないところを見られたくなかっただけ」
「情けないなんて思ってないですよ」
 むしろ佐久間さんも悪滅が好きだったと知れてうれしいくらいなのに。
 でも佐久間さんはどこかふてくされたような表情で唇を引き結んでいる。いつもと違うその表情にまたキュンとした。
 佐久間さんの泣いている姿を見てから、私の心臓はバグが生じたみたいにおかしい。
 動揺をごまかすように買ってきたメロンパンの封を開ける。マスクを外してメロンパンを頬張ると、超BIGの文字が見えたのか、佐久間さんが「デカすぎだろ」と笑った。
 そんな風に爽やかに笑いかけないでほしい。今までも佐久間さんの笑顔は見たことあるはずなのに、今日は一段と眩しく見えて動揺してしまう。
 というか私、ほぼすっぴんだった。すっぴんを佐久間さんに晒していた? 
 驚愕の事実に気がついて、今さら遅いけれど慌ててマスクを装着した。
「食わないの?」
「それは、その……そ、そういえば、さ、佐久間さんは悪滅の映画見ました?」
 すっぴんに言及されたら困るので強引に話題転換する。佐久間さんが不思議そうに眉をひそめた。
「見に行こうとは思ってたけど、行けずじまいになってる」
「えっ! そんな、もったいない。絶対見に行ったほうがいいですよ! 私なんてもう五回は見てます!」
「五回も見てんのか?」
「は、はい」
「なら榎本がついてきてくれないか?」
 引かれたんじゃと思ったのも束の間、意外な申し出に私は目を瞬かせた。
「私ですか?」
「誰かと一緒に行かないと、予定を先延ばしにして結局行かなさそうだからな」
「私はもちろん構わないですけど」
「今週の土曜は? 予定ある?」
「ないですけど」
「じゃあ土曜の十四時からの回、予約しておくから」
 素早くスマホを操作して、佐久間さんはあっという間に予約を完了していた。私がお供でいいんだろうかという疑念を挟む余地もなかった。
「じゃ、俺はもう行くから」
 そう言って佐久間さんが立ち上がった。
 去り際に「土曜日、忘れるなよ」と念押しされ、反射的にコクコクと頷いたものの、まだ実感が湧かない。
 土曜日に、佐久間さんと映画を見に行く。佐久間さんと、ふたりきりで、映画。
 それってデートなのでは?!
 自覚した途端、全身に流れる血液が一気に沸き立つように体が熱くなった。
 どうしよう。私、佐久間さんとデートするの?
 信じられない気持ちで、火照った頬に手を当てる。信じられないけれど嫌な気持ちや憂鬱さはまったくない。むしろ胸には高揚感が満ちていた。
 
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