クールな敏腕上司の素顔が甘すぎて蕩けそうです。

「失礼します」
 翠葉を見るなり桐谷は立ち上がり、自分の近くに座るよう指示した。

「就業後にすまない。取り急ぎ頼みたいことがあってね。来週の月曜日から俺の出張に同行してほしいんだ。期間は三週間。現地では生産者や工場の見学、支社との会議、それとレセプションパーティーにも参加してもらおうと思っている」

 突然言い渡された仕事は、これまでの出張とは責任感が全然違う。行きたいかどうかよりも先に、こんな大役をなぜ自分が受けているのだろうという疑問が浮かぶ。

 資料を渡され目を通すも、何も頭に入ってこない。困惑の色を眉宇に寄せているのを悟ったらしい桐谷は「蒼井」と顔色を窺う。

「嫌だったか?」

「いえ、まさか!! でもレセプションパーティーなんて、私が行っても良いのでしょうか」

「君を主任候補にしているのは知っているね?」

「なんとなく、チームリーダーの長瀬から聞いています。でもただの噂かと思っていました」

「俺も蒼井の仕事ぶりは高く評価している。だから、今のうちから少しずつ顔を売っていきたいと考えた。今回の出張は、色々と勉強にもなる。一緒に来てくれるか?」

「……行きたいです。是非、同行させてください!」
 勢いよく立ち上がり、上肢を直角に曲げる。

 若くして課長補佐まで上り詰めた桐谷から認められていたのが嬉しかった。確か今年三十四歳になるはずだ。スウィーツの商品開発部というイメージとは程遠い、クールで厳しい人である。

 今日ほど仕事を頑張って良かったと感じたことはない。感極まって泣きそうなのをグッと堪えた。

「良い返事だ。俺は前乗りするが、蒼井はどうする? K県は初めてだろう? 泊まるホテルも同じだし、チケットの手配もしておくが……」

「そんなの、私がやります」

「ついでだ。気にするな」
 スケジュールと資料の確認を簡単に済ませ、会議室を後にした。

 今にも走り出したい気分だ。口許が緩んでいるのは自覚している。けれど平常心を装うのは到底無理だった。

もしもまだ羽依が残っていたら強引にでも食事に誘い、話を聞いてもらいたい。足早に開発部に戻ったが、そこに羽依の姿はなかった。

「ま、帰れって言ったの私だしね」
 少しでも冷静になるためにパソコンを開く。仕事を片付けるうちに荒い呼吸くらいはおさまるかと思ったが、羽依は自分の仕事を全て終わらせてから帰ったようだ。

 社内の試食会での意見のまとめ報告書と来週の企画会議の資料のまとめ。

「よく出来てるじゃない」
 パソコンの画面を見て頬を緩める。こういうところが憎めない。自分も帰ろうとデスクを片付け直帰した。
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