紫陽花の短編集物語#4
屋上の青いナイフ
登場人物紹介
青葉 美月(あおば みつき) / 主人公
高校2年生。周囲からは「手のかからない、大人しい子」と思われているが、心の奥底では、何者にもなれない自分と、塗りつぶされたような閉塞感に絶望している。家族にすら本音を隠し、遺書を書き終えて屋上のフェンスを越えようとする。
青葉 美空(あおば みそら) / 姉
大学生。美月の憧れであり、家族の誇り。明るく快活で、誰からも愛される「完璧な姉」を演じ続けてきた。しかし、実は妹の美月よりもずっと前から、自分の心の摩耗に気づいていた。美月のわずかな違和感から、彼女が自分と同じ道を辿ろうとしていることを察知する。
夏川 灯(なつかわ あかり) / 姉の友人
美空の大学の友人。美空が「完璧な姉」という役を演じていることに気づいている数少ない理解者。美空が妹を救おうとする姿をハラハラしながらも見守り、時には厳しく、時には優しく支える。
青葉 泰造(あおば たいぞう) / 父
仕事一筋で厳格。娘たちが「青葉家の娘」として立派であることを疑わず、その期待が彼女たちを追い詰めていることに全く気づいていない。
青葉 佳乃(あおば よしの) / 母
家庭を守る良き母。娘たちと仲が良いと信じ込んでいる。「今日も元気で良かった」という彼女の無邪気な言葉が、今の美月にとっては「元気でいなければならない」という呪いになっている。
○学校・屋上(夕方)
オレンジ色の夕日が、コンクリートを刺すように照らしている。
美月、フェンスの前に立ち、ゆっくりとローファーを脱ぐ。
手には、丁寧に折りたたまれた一通の封筒。
美月、フェンスに手をかけ、足をかけようとしたその時――。
美空(声)「……そこ、結構風強いよ。スカート、捲れちゃうかもね」
美月、心臓が止まるほど驚き、振り返る。
そこには、大学に行っているはずの姉・美空が、フェンスに背を向けて立っている。
美月「……お姉ちゃん、なんで」
美空「(笑って)……なんでだろうね。美月が脱いだ靴、右と左が完璧に揃ってたからかな?……死ぬ準備って、案外几帳面に出るよね」
美月、言葉を失う。
美空、ゆっくりと歩み寄り、ポケットから青い折りたたみナイフを取り出す。
美空「それ、遺書? ……ちょっと貸して」
○学校・屋上(夕方)
(前シーンより継続)
美空、美月の手から「遺書」を奪い取る。
美月「……返して! お姉ちゃんには関係ない!」
美空「関係、あるよ。だって私、その封筒の色まで美月と同じやつ選んでたもん」
美空、ポケットから青いナイフの刃を出す。
美月が止める間もなく、封筒をバラバラに切り刻む。紙吹雪が夕日に舞う。
美月「……何するの……っ。あれ書くのに、どれだけ……!」
美空「私は三回書き直したよ。遺書。……でもさ、死ぬのって意外と勇気いるでしょ? だから、私と賭けしない?」
美月「……賭け?」
美空「今日から一年間、お互い死ななかったら、このナイフあげる。これ、結構高いんだから」
美空は震える手で、無理やり笑ってみせる。
美月はその「震え」を見て、初めて姉も自分と同じ地獄にいたのだと気づく。
○青葉家・リビング(夜)
泰造と佳乃がテレビを見て笑っている。
美月と美空、並んで夕飯を食べている。
佳乃が二人の顔を見て、無邪気に言う。
佳乃「二人とも、今日は一段と仲良しね。やっぱり私の自慢の娘たちだわ」
泰造「ああ。美月も美空みたいに立派になるんだぞ」
二人の心に突き刺さる「期待」という言葉。
机の下で、美空が美月の手をそっと握る。
美月、その手の冷たさと、確かな体温を感じる。
○大学のキャンパス・ベンチ(後日)
美空と夏川灯が座っている。
灯「……あんた、妹さんの前でよくあんな大見得切れたわね。自分だって、先週までフラフラしてたクセに」
美空「……バレた? でもさ、あの子がフェンスに手をかけたの見た瞬間、自分のことなんてどうでもよくなっちゃったんだよね」
灯「(呆れ顔で)共倒れだけはしないでよ。あんたが落ちそうになったら、私がそのナイフで刺してでも止めてあげるから」
美空「あはは、灯は厳しいなぁ」
○学校・屋上(一年後の夕方)
一年。美月はフェンスの前に立っている。
靴は履いたまま。カバンも背負ったまま。後ろから、足音が聞こえる。
美月「……遅いよ、お姉ちゃん」
美空「ごめんごめん、ゼミが長引いちゃって」
美空が美月の隣に並ぶ。
一年経っても、世界は相変わらず息苦しい。でも、二人には「共有した一年」がある。
美空「約束通り。これ、美月にあげる」
美空が差し出したのは、あの日、遺書を切り刻んだ青いナイフ。
美月がそれを受け取ると、ナイフには小さな文字で刻印があった。
『生き残れ』。
美月「……これ、お姉ちゃんが彫ったの?」
美空「灯に手伝ってもらった。……ねえ美月。私たちは、完璧じゃなくていい。ただ、生きてるだけで、お互いのヒーローなんだよ」
美月、青いナイフを強く握りしめる。
それは自分を傷つけるための刃ではなく、明日への不安を切り開くための道具に見えた。
美月「……帰ろ。お母さん、今日ハンバーグだって」
美空「賛成。お腹空いた!」
二人は、夕暮れの屋上を後にする。
カメラは、屋上の床に残された、一年前にはあった「靴の跡」が、すっかり消えているのを映し出す。
○エピローグ
自室で勉強する美月。
机の上には、ペン立てに刺さった一本の青いナイフ。
ふと窓の外を見上げると、夜空には美しい月が浮かんでいる。
美月(モノローグ)「屋上の青いナイフは、今日も私の机にある。……死にたくなった時は、これでリンゴでも剥こう。お姉ちゃんと半分こして、また明日を待とう」
青葉 美月(あおば みつき) / 主人公
高校2年生。周囲からは「手のかからない、大人しい子」と思われているが、心の奥底では、何者にもなれない自分と、塗りつぶされたような閉塞感に絶望している。家族にすら本音を隠し、遺書を書き終えて屋上のフェンスを越えようとする。
青葉 美空(あおば みそら) / 姉
大学生。美月の憧れであり、家族の誇り。明るく快活で、誰からも愛される「完璧な姉」を演じ続けてきた。しかし、実は妹の美月よりもずっと前から、自分の心の摩耗に気づいていた。美月のわずかな違和感から、彼女が自分と同じ道を辿ろうとしていることを察知する。
夏川 灯(なつかわ あかり) / 姉の友人
美空の大学の友人。美空が「完璧な姉」という役を演じていることに気づいている数少ない理解者。美空が妹を救おうとする姿をハラハラしながらも見守り、時には厳しく、時には優しく支える。
青葉 泰造(あおば たいぞう) / 父
仕事一筋で厳格。娘たちが「青葉家の娘」として立派であることを疑わず、その期待が彼女たちを追い詰めていることに全く気づいていない。
青葉 佳乃(あおば よしの) / 母
家庭を守る良き母。娘たちと仲が良いと信じ込んでいる。「今日も元気で良かった」という彼女の無邪気な言葉が、今の美月にとっては「元気でいなければならない」という呪いになっている。
○学校・屋上(夕方)
オレンジ色の夕日が、コンクリートを刺すように照らしている。
美月、フェンスの前に立ち、ゆっくりとローファーを脱ぐ。
手には、丁寧に折りたたまれた一通の封筒。
美月、フェンスに手をかけ、足をかけようとしたその時――。
美空(声)「……そこ、結構風強いよ。スカート、捲れちゃうかもね」
美月、心臓が止まるほど驚き、振り返る。
そこには、大学に行っているはずの姉・美空が、フェンスに背を向けて立っている。
美月「……お姉ちゃん、なんで」
美空「(笑って)……なんでだろうね。美月が脱いだ靴、右と左が完璧に揃ってたからかな?……死ぬ準備って、案外几帳面に出るよね」
美月、言葉を失う。
美空、ゆっくりと歩み寄り、ポケットから青い折りたたみナイフを取り出す。
美空「それ、遺書? ……ちょっと貸して」
○学校・屋上(夕方)
(前シーンより継続)
美空、美月の手から「遺書」を奪い取る。
美月「……返して! お姉ちゃんには関係ない!」
美空「関係、あるよ。だって私、その封筒の色まで美月と同じやつ選んでたもん」
美空、ポケットから青いナイフの刃を出す。
美月が止める間もなく、封筒をバラバラに切り刻む。紙吹雪が夕日に舞う。
美月「……何するの……っ。あれ書くのに、どれだけ……!」
美空「私は三回書き直したよ。遺書。……でもさ、死ぬのって意外と勇気いるでしょ? だから、私と賭けしない?」
美月「……賭け?」
美空「今日から一年間、お互い死ななかったら、このナイフあげる。これ、結構高いんだから」
美空は震える手で、無理やり笑ってみせる。
美月はその「震え」を見て、初めて姉も自分と同じ地獄にいたのだと気づく。
○青葉家・リビング(夜)
泰造と佳乃がテレビを見て笑っている。
美月と美空、並んで夕飯を食べている。
佳乃が二人の顔を見て、無邪気に言う。
佳乃「二人とも、今日は一段と仲良しね。やっぱり私の自慢の娘たちだわ」
泰造「ああ。美月も美空みたいに立派になるんだぞ」
二人の心に突き刺さる「期待」という言葉。
机の下で、美空が美月の手をそっと握る。
美月、その手の冷たさと、確かな体温を感じる。
○大学のキャンパス・ベンチ(後日)
美空と夏川灯が座っている。
灯「……あんた、妹さんの前でよくあんな大見得切れたわね。自分だって、先週までフラフラしてたクセに」
美空「……バレた? でもさ、あの子がフェンスに手をかけたの見た瞬間、自分のことなんてどうでもよくなっちゃったんだよね」
灯「(呆れ顔で)共倒れだけはしないでよ。あんたが落ちそうになったら、私がそのナイフで刺してでも止めてあげるから」
美空「あはは、灯は厳しいなぁ」
○学校・屋上(一年後の夕方)
一年。美月はフェンスの前に立っている。
靴は履いたまま。カバンも背負ったまま。後ろから、足音が聞こえる。
美月「……遅いよ、お姉ちゃん」
美空「ごめんごめん、ゼミが長引いちゃって」
美空が美月の隣に並ぶ。
一年経っても、世界は相変わらず息苦しい。でも、二人には「共有した一年」がある。
美空「約束通り。これ、美月にあげる」
美空が差し出したのは、あの日、遺書を切り刻んだ青いナイフ。
美月がそれを受け取ると、ナイフには小さな文字で刻印があった。
『生き残れ』。
美月「……これ、お姉ちゃんが彫ったの?」
美空「灯に手伝ってもらった。……ねえ美月。私たちは、完璧じゃなくていい。ただ、生きてるだけで、お互いのヒーローなんだよ」
美月、青いナイフを強く握りしめる。
それは自分を傷つけるための刃ではなく、明日への不安を切り開くための道具に見えた。
美月「……帰ろ。お母さん、今日ハンバーグだって」
美空「賛成。お腹空いた!」
二人は、夕暮れの屋上を後にする。
カメラは、屋上の床に残された、一年前にはあった「靴の跡」が、すっかり消えているのを映し出す。
○エピローグ
自室で勉強する美月。
机の上には、ペン立てに刺さった一本の青いナイフ。
ふと窓の外を見上げると、夜空には美しい月が浮かんでいる。
美月(モノローグ)「屋上の青いナイフは、今日も私の机にある。……死にたくなった時は、これでリンゴでも剥こう。お姉ちゃんと半分こして、また明日を待とう」