鯨のうた

そして、オフィスにある壁掛け時計の針が18時を差した途端、デスクから立ち上がる社員たち。

「お疲れ様!」
「お疲れ様でーす!」
「はぁ〜、疲れたぁ〜」

そんな言葉が飛び交うオフィス内でわたしは、一足遅く静かに帰り支度をする。

それからオフィス内が静かになってきた頃にデスクから立ち、出口に向かおうとすると、営業部オフィスのドア付近に雨龍課長が立っている事に気付いた。

雨龍課長はわたしを見て優しく微笑むと、小さく手招きをして「行こっ」と言ったのだ。


雨龍課長と合流し、並んで歩く事に周りの目が気になって仕方ないわたしは、多分挙動不審になっていたはずだ。
そんなわたしを気にもせず、通常運転で自然体に歩く雨龍課長は、これから行こうとしているお店の話をし始めた。

「この先にあるちょっと外れた小道にさ、豚串が美味い居酒屋があるんだよ。露草さん、居酒屋で大丈夫?」
「全然大丈夫ですけど···、大丈夫?ってどういう意味ですか?」
「あー、いや、こう〜、お洒落な店しか行かないとかだったら、嫌かなと思って」
「いやいやいや、そんなお洒落なお店なんて行かないですよ。居酒屋の方が断然落ち着きます」
「なら、良かった」

そう言って、安堵の笑みを浮かべる雨龍課長にわたしは「わたしがお洒落なお店に行くように見えたんですか?」と訊いてみると、雨龍課長は「そういうわけではないけど、一応。一応確認の為にね?」と言った。

「"そういうわけではない"ってのも失礼ですけどね」
「あー、ごめん」

そう言ってわたしたちは笑い合う。
雨龍課長は、上司で"課長"なはずなのに、全く偉そうにせず自然体で話しやすい人だ。

それが雨龍課長が人気である理由の一つでもあるのだろう。
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