鯨のうた
しかし、切り替えようとは思ったものの、やはり完全に"中原専務の娘さん"と"お見合い"というワードを遮断する事は出来ず、頭の片隅に貼り付いているのを感じる。
「露草さーん、露草さん?」
そう呼ばれてもすぐに反応出来て居ない自分もいた。
「露草さん?」
「―――は、はい!」
「大丈夫?体調悪いの?」
心配そうに顔を覗き込んでくる川口さん。
わたしは慌てて「いえ、大丈夫です!すいません!」と平気なふりをした。
「大丈夫ならいいんだけど、無理はしないでね?」
「はい、すいません。ありがとうございます」
(はぁ〜···今日のわたし、ダメダメじゃん···)
仕事モードに切り替えられていない自分に幻滅し、気持ちが落ち込んでしまう。
こんな事なら、思い切って聞いておけば良かったのかもしれない―――
そんな後悔をしながらも、わたしは目の前の仕事と向き合わなければならない。
わたしの仕事は、国枝さんと川口さんのサポートだ。
わたしがミスすれば、二人に迷惑がかかってしまう。
それは避けたい。
わたしは集中しながら国枝さんと川口さんのスケジュールを確認し、必要な資料の用意をし、会議資料の作成も進めていった。
そんなこんなで気付けば定時の5分前になっていた。
(あ、もうこんな時間。残業はしたくないし、帰る準備しよう)
わたしは作成途中の資料を保存したあとでフォルダを閉じ、書類を綴じて帰る支度を進ませていく。
気付けば定時を迎え、次から次へと社員たちが「お疲れ〜!」「お疲れ様〜」とオフィスを出て行き始めていた。
わたしがオフィスを出るのは、大体いつも最後の方。
そして、わたしがバッグを肩に掛け、オフィスを出ようとすると―――
「千衣、お疲れ」
そう声を掛けて来たのは、航だった。