鯨のうた

「お疲れ〜」
「何か今日の千衣、疲れた顔してんな」
「いつも疲れてますけど?」

わたしがそう言うと、航はわたしの顔を覗き込み、眉間にシワを寄せ「んーー···」と唸った。

「な、何よ」
「何か、覇気がないんだよなぁ」
「覇気?わたしいつもそんなの出してないけど」
「いやぁ〜なんてゆうか、何かが違うんだよ」
「なにそれ」

航とそんな会話をしながら廊下を歩き、エレベーターで1階へ降りて行く。

すると、1階に到着してエレベーターの扉が開いた瞬間、扉の向こうから目を背けたい光景が目に飛び込んできた。

(えっ···―――)

前を歩いていたのは、中原専務と優作さん、そして···優作さんの腕を掴んで歩く派手な女性だった。

それを見た航は「えっ、あれって、中原専務の娘じゃね?!」と驚いていた。

驚くのも無理はないが、わたしはその驚く事さえも出来ずに呆然と優作さんと中原専務の娘さんの後ろ姿を見つめていた。

「何あれ、どういう事?」

航が小声でわたしに訊いてくる。
わたしは「中原専務に新年会に誘われたって言ってた」と答え、目を逸らした。

「いや、あのメンツだと、新年会ってより···お見合い?じゃないか?」

航の言う事は最もだった。
この3人を見れば、社員の誰もが優作さんと中原専務の娘さんのお見合いだと思うだろう。

「千衣、雨龍課長とはまだ付き合ってねーの?」
「···ううん、付き合ってる」
「えっ?!なのに、何で?!」

分からない···わたしだって分からない。

けれど、中原専務の娘さんからの一方的な要求だった可能性も考えられる。

ここは、優作さんの恋人として、わたしは信じる事しか出来ない。そう思った。
< 105 / 123 >

この作品をシェア

pagetop