鯨のうた

「千衣」

黙り込むわたしに航が顔を覗き込んでくる。

「大丈夫か?」
「···うん、平気。わたしは優作さんを信じてるから」

わたしがそう言うと、航は目を細め「へえー、"優作さん"ねぇ」と言った。

(あ、ヤバっ?つい普段の呼び方で言ってしまった···!)

「と、とにかく!わたしは平気だから!」
「そっか。凹んでたら、飲みに誘おうと思ったのに」
「気遣いは無用!わたしは大丈夫だから!」

そう言って、わたしは「お疲れ!」と航と別れ、家路についたのだが―――

「やっぱり、落ち着かないよね〜」

わたしは帰宅時にコンビニに立ち寄り、缶チューハイを買ってから帰宅し、今は一人で晩酌中だ。

(中原専務の娘さん···何歳くらいなんだろ。後ろ姿だけだったけど、綺麗な人なんだろうな···)

栗色の長い髪の毛にはパーマがかかっており、ベージュのロングコートに高いヒールのブーツを履いていた。
黒髪にあんなに高いヒールの靴を持っていないわたしとは全く違うタイプだと思われる。

(優作さんの腕を掴んで歩いてたなぁ···)

あの後ろ姿が脳裏に焼き付いて離れない。

今頃、どこでどんな風に食事をしているのだろう。
優作さんは中原専務の娘さんに、どんな表情を見せているのだろう。
どんな話をして、どんな雰囲気で···―――

考えれば考える程、マイナスな方向へ傾いてしまいそうになった。

(優作さんを信じるって決めたのに···、わたしは何やってるんだ)

缶チューハイを飲みながら、わたしは自分の情けなさに呆れた。

ふと壁掛け時計に目をやると、時刻は22時48分。
そろそろ23時を迎えそうだ。

(まだ終わってないのかな···)

わたしはそんな事を思いながら、静かな部屋で独り缶チューハイを飲み切った。

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