鯨のうた
「露草さんの希望には応えられるようにするから、考えておいてね!」
中原専務はそう言うと、晴れやかに手を振り、面談室をあとにした。
考えておいてねって···
わたしは優作さんと別れるだなんて、一言も言っていない。
溜め息をつき営業部に戻ると、航が会議用の資料の準備を済ませ、既に会議室まで運んでおいてくれていた。
「航、資料ありがとう」
わたしがそう言うと、航は口角を上げニッと笑い「これくらい、どうってことねーよ!」と言った。
「それより···大丈夫か?中原専務、何だって?」
わたしの様子に航は心配してくれた。
航に相談したいところだが、今はまだ就業時間中。
何より、周りの人たちが何食わぬ顔をして耳を済ませているのを感じ、わたしは「うん、ちょっとね。でも大丈夫、ありがとう」と答えるしかなかった。
航は納得いかない表情を浮かべたが、それ以上は何も聞かず「そっか···、何かあれば話し聞くからな」と言ってくれた。
自分のデスクにつき、業務の続きを遂行させようとしたわたしだか、頭の中が困惑し過ぎていて頭痛がしてきてしまった。
眉間にシワを寄せ、わたしはこめかみ辺りを指で押して何とか紛らわそうとする。
しかし、この締め付けられるような痛みは、なかなか治まってくれそうもなかった。
そんなわたしを見た国枝さんが「千衣ちゃん、大丈夫?調子悪そうだよね」と声を掛けてくれる。
わたしは「いえいえ、平気ですよ」と作り笑顔を浮かべたが、国枝さんは険しい表情のままだった。
「千衣ちゃん、たまには無理しないで早退したら?いつも頑張り過ぎなんだよ」
国枝さんがそう言うと、川口さんもやって来て「そうそう、たまにはゆっくり休みなよ。露草さんは仕事早いからもう資料は揃ってるし、早退しても問題ないよ」と言ってくれた。
そんな二人のご好意から、わたしは少し早めに早退させてもらう事になった。
「ご迷惑おかけして申し訳ありません」
「全然!いつも助けられてるのは俺たちなんだからさ!」
「そうそう、帰ってゆっくり休んで!」
心配してくださる国枝さんと川口さんに、「家まで送ろうか?」と航まで言ってくれたが、わたしは一人になりたくて「大丈夫、一人で帰れるから」と断り、早退させてもらった。