鯨のうた

帰宅にはまだ早すぎる時間の為、駅周辺はまだ人の流れは落ち着いていた。

このまま帰って布団に入るのもいいが、わたしは寄り道したくなってしまい、会社の正面玄関が見える近隣のカフェに入る事にした。

窓際のテーブル席に案内され、温かいブラックコーヒーを注文する。

窓から眺める外の景色は、まだ真っ白の雪景色だ。
溶け始めるのは、まだ一ヶ月先にはなるだろう。

今年の年末年始は、優作さんの家にお泊りして、幸せな時間を過ごす事が出来た。

思い出すだけでも頬が緩んでしまうほど、癒され満たされた年末年始だった。

それがつい最近あったばかりのはずなのに···
わたしはなぜ、優作さんの事で悩まなければならなくなってしまったのだろう。

優作さんとの別れ···
そんなの考えたくもない。

しかし、中原専務からのお願い、いや、決定事項のように聞こえた。

何とか回避する方法はないのだろうか。
優作さんは、何を考えているのだろうか―――

すると、ぼんやり会社の正面玄関を見ていると、見覚えのある女性が社内に入って行くのが見えた。

(あ、あれって···!)

栗色の髪の毛にロングコート、高いヒールのブーツを履く派手な女性。
それは、紛れもなく中原専務の娘さんだ。

(今日は何しに来たんだろ···)

そうは思うが、あの人の目当ては優作さんしかいない事は分かっている。

わざわざ会社に来てまで、優作さんに何をしに来たの?
専務の娘だからって、何でも許されるの?

すると、わたしのバッグの中でブーッブーッとスマートフォンが振動し始めた。

(誰だろう)

そう思いながらスマートフォンを取り出して見ると、スマートフォンには『着信中 雨龍課長』と表示されていた。

(優作さん?!)
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