鯨のうた
「―――はい、もしもし」
わたしが電話に出ると、スマートフォンの向こう側から『あ、千衣?!』と慌てた様子の優作さんの声が聞こえてきた。
『今どこ?体調悪くて早退したって聞いて。大丈夫?』
「あ、ごめんなさい。連絡もしないで···。大丈夫です、大した事ありませんから」
心配してくれる優作さんの声に安堵すると共に、じんわりと涙が滲んでくる。
この涙は、何の涙だろう。
『心配だから家まで送るよ』
「でも、仕事の途中じゃ···」
『千衣はそんな心配しなくても大丈夫だよ。まだ会社の近くにいる?』
(優作さん、やっぱり優しいなぁ···)
そう思いながら、わたしが今居る場所を伝えようとした時だった―――
『―――あ!優作さん!』
スマートフォンの向こうから、優作さんではない女性の声が聞こえてきた。
その声にハッとするわたしは、無意識に会社の正面玄関の方に視線を向けていた。
そして、その視線の先にあった光景は、スマートフォンを片手に持つ優作さんと、そんな優作さんの腕に抱きつき笑顔を見せる中原専務の娘さんの姿だった。
『今、優作さんに会いに行こうと思ってたんですよぉ!優作さんの方から来てくれるなんて嬉しい!』
『あっ、梨花(りか)さん···、ちょっと今は―――』
『優作さん、今日はもうお仕事終わりですかぁ?それなら!―――』
『あ、いや、違うんです。今急いでいて!』
スマートフォンの向こう側から聞こえてくる会話に、わたしの心は崩れていく。
(わたしは、何を聞かされてるの?)
わたしは中原専務の娘さん、梨花さんに腕を引かれ、強く拒めずにいる優作さんを見ながら、電話の向こうの優作さんにこう言った。
「優作さん、わたしは大丈夫です。それじゃあ、電話切りますね」
わたしは逃げるようにそう言い、スマートフォンを耳から離した。
その途中に『あ!千衣!まっ―――』とわたしの名を呼ぶ優作さんの声が聞こえたが、わたしはそのまま電話を切った。