鯨のうた
「今の言葉···訂正していただけませんか?」
優作さんの言葉に梨花さんはキョトンとする。
しかし、優作さんの表情は声と連動するように険しくなっていた。
「訂正?何をですか?」
「まず、僕は梨花さんと婚約した覚えはありません。何より、彼女を···僕の大切な人を傷つける事は、いくら相手が上司の娘さんであったとしても、黙っていられません」
真剣な表情の優作さんに梨花さんはぽかんとしながら、「優作さん?何を言ってるんですか?」と言い、それからクスッと笑った。
「優作さんったら!この前、婚約の話をしたじゃないですかぁ〜!わたしと婚約したら、部長に昇進できるんですよ?それに、優作さんにこんな地味な女は不釣り合いです!こんな女と一緒にいたって、何の特もありませんよ?」
悪気も無くペラペラと話す梨花さんは、相変わらず余裕な表情だ。
しかし、険しい優作さんの表情は変わらぬままだった。
「婚約の話は確かにされましたが、お断りしたはずです。そんな事で昇進したって、何の意味もありません。それに···、あなたは千衣の何を知ってるんですか?」
「えっ?何をって···」
「千衣は、とても素敵な女性です。仕事に対して真面目で一生懸命で、周りを見て気配りも出来る。僕が話す他愛もない話にも、つまらない顔一つせずに聞いてくれて笑ってくれる。ご飯を食べてる時の美味しそうな顔や不意に見せる笑顔、飾らない姿、真っ直ぐで芯があって、一見気が強そうに見られがちだけど、本当は悩みを抱え込みやすくて、意外と照れ屋で···。そんな千衣と一緒に過ごす時間が僕にとっては、何よりも大切で宝物なんです」
力強い口調で語る優作さんの言葉が社内のエントランスに響く。
出社時間で周りは社員だらけ―――
ほとんどの社員が立ち止まり、優作さんの言葉に耳を傾けているのを感じた。