鯨のうた
それから、あの朝の出来事が何も無かったかのように普段の午前中が過ぎ、お昼休憩の時間になった。
わたしはいつもの場所へと向かい、奥のカーテンをそっと開ける。
中を覗いてみると、そこには既に優作さんの姿があった。
「あ、千衣。お疲れ様」
「お疲れ様です」
そう言って、わたしは中に入ると優作さんの隣に腰を掛ける。
何と無く気まずいような、気恥ずかしいような···
わたしが何と言おうか迷っていると―――
「千衣、朝はごめんね」
優作さんの方から話し始めてくれた。
「えっ」
「いやぁ、あんなみんなのいる前で、千衣との関係公表しちゃったからさ」
優作さんはそう言って、恥ずかしそうに笑った。
「···いえ。わたしは、嬉しかったです」
「それから···、梨花さんの事、千衣に何も話せてなくて、申し訳なかった。もっと早くに伝えるべきだった」
「でもそれは、仕方ないですよ。相手が相手ですから···迷いますよね」
わたしがそう言うと、優作さんはわたしの言葉を遮るような早さで「違うんだ!」と否定をした。
「全然、全く、迷ってなんかない。婚約については、言われたその場ですぐお断りをしていた」
「え、そうなんですか···?」
「うん。ただ···、そうなれば、俺はいいとして···千衣にも何か影響が出るんじゃないかって不安になって、どうすれば千衣の迷惑にならないか、ずっと考えてた」
そう話す優作さんの拳には、力が込められているのを感じた。
(優作さん···独りで、色々考えていてくれてたんだ······)