鯨のうた
「だから、もう男はこりごりです。···そんな、わたしの事より!雨龍課長はどうなんですか?!」
おしぼりを掴み、小さく拳を振りながらわたしは言った。
「え、俺?」
「そうですよ。上層部の人たちから、よくお見合い話持ち掛けられてるの、知ってるんですからね」
わたしがそう言うと、雨龍課長は苦笑いを浮かべて「んー···、まあ、そうなんだけどさ」と言い、ゆっくりとわたしから視線を外し、宙を仰いだ。
「毎回、お断りしてるんですか?」
「うん、まあね」
「それは何故?」
わたしがそう訊くと、雨龍課長は黙ったまま生ビールを口にし、それからぽつりと「俺は···独りでいいんだよ」と言った。
「独りでいいって···、独りが好きなんですか?」
「んー···、好きというか―――自信がないんだ、自分に。大切な人を孤独にさせない、自信が無い。だから···、俺には誰かと一緒に居る、資格はないんだよ」
寂しい事を穏やかな口調で言う雨龍課長は、切ない微笑みを浮かべていた。
―――大切な人を孤独にさせない
(どういう意味なんだろう···)
わたしがそう思っていると、雨龍課長は「ねぇ」と言って、わたしの方に顔を向けた。
「鯨ってさ、歌うたうって知ってた?」
「え、急に鯨ですか?んー、聞いた事があるような···無いような」
「歌う鯨って、ほとんどはザトウクジラなんだって。雄が雌に求愛する時に歌うらしいよ」
「へぇー。鯨のラブソングって事ですか?」
「そうだね」
「鯨って、ロマンチックなんですね」
そんな話をしていると、注文していた料理たちが次々と運ばれてくる。
わたしは雨龍課長イチオシの豚串に舌鼓を打ちながら、雨龍課長と鯨の話を続けた。