鯨のうた
「ねえ、知ってる?世界一孤独な鯨がいるって」
豚串を頬張るわたしに雨龍課長は言った。
「世界一孤独な鯨、ですか?」
「そう。さっき歌う鯨の話をしたけど、鯨は遠くにいる仲間とコミュニケーションを取る時に10から39ヘルツの低周波で鳴くんだって。でも···、世界で唯一、52ヘルツで鳴く鯨が見つかったんだ」
落ち着いた声でそう話す雨龍課長は、どこか寂しそうで、でも穏やかな表情をしている。
わたしはそんな雨龍課長の横顔を見つめながら、雨龍課長の話に耳を傾け続けた。
「ほとんどの鯨は、10から39ヘルツの低周波の音しか聞き取る事が出来ない。でも、その鯨は52ヘルツで一生懸命、仲間に話し掛ける。···一生懸命鳴いても、52ヘルツの声は、誰にも届かない―――だから、世界一孤独な鯨って言われてるんだ」
―――世界一孤独な鯨
―――一生懸命鳴いても、誰にも届かない···
わたしはその話を聞いて、何だか自分の事を言われているような気がしてしまった。
わたしの心の声、願い、想いは、どんなに求めても誰にも届かない、見つからない。
鯨に共感してしまう事があるだなんて、思いもしなかった。
「その···52ヘルツで鳴く鯨は、一頭しかいないんですか?」
「うん、今のところはその一頭しか見つかってない」
「―――だから、世界一孤独な鯨···なんだ」
それからわたしの頭から"世界一孤独な鯨"というワードが、頭から離れなくなった。
この話をどうして雨龍課長は、わたしに話してくれたのかは、分からない。
けど、この話を聞けて良かった―――わたしは、そう思った。