鯨のうた
それを見た航は、「は?!何で千衣が?!」と驚いていた。
わたしはパソコンを操作し、作成した資料データを営業部共有のフォルダに入れると、帰る支度を始めた。
「中谷さん、今日は予定があって困ってたから、わたしが代わりに引き継いだの。ほとんど手を付けられてない状態だったから、相当焦ったでしょうね」
「···ったく、よりによって何で千衣なんだよ」
「そんな事より、今後は気を付けてあげなさいよ?航のサポート、大変なんだから」
わたしはそう言うと、デスクから立ち上がり、バッグを肩に掛けた。
「それじゃあ、お先に」
そう言ってわたしは歩き出し、航とすれ違おうとした時だった―――
「お前なら―――」
突然、航が話し始め、わたしは足を止めた。
「千衣なら、残業もせずに定時で帰れてただろ」
航の言葉にわたしは少しだけ振り向くと、「わたしでも40分かかったから」と言った。
「でも、千衣の方が断然仕事は早い。担当、変えなければ良かったなぁ〜」
わざとらしくそう言う航の言葉にわたしは鼻で笑うと、「航の担当は、もうごめんだわ」と言い、「それじゃ、お疲れ様」と再び足を進め、営業部のオフィスをあとにした。
実は、わたしは元々航の担当営業事務をしていた。
もう2年も前の話だ。
同期だった事もあり、わたしたちはお互いに話し掛けやすく、連携も上手く取れていた。
しかし、それは端から見れば、ただの営業と担当営業事務ではなく、仲の良い男女の関係に見えたらしい。
その事を営業部の誰かが上層部に話をしたらしく、それからわたしは航の担当を外され、今の川崎さんと国枝さんの担当になったのだ。
航は営業成績トップで、その上に中身は別として容姿端麗な為、周りの営業さんたちからは妬まれがちだった。
何かが気に食わなくて、誰かが無い噂を立てて、連携が上手く取れていたわたしたちを引き離したかったのかもしれない。
その影響があるかは分からないが、それから航の成績は落ちた時期もあった。
しかし、今はそこからまたトップにのし上がっている。
きっと航は航なりに努力をしているのだろう。