鯨のうた
(今日はお昼ご飯食べ損ねたなぁ)
そんな事を思いながら、エレベーターで営業部がある5階で降りる。
そして、歩き始めたその時だった。
「あら、露草先輩。今日は社食には行かなかったんですね」
目の前から、そう嫌味な言い方をしながら、中谷さんが歩いて来た。
わたしは中谷さんの言葉に足を止めると、「うん、今日はちょっとね」と答えた。
「そうですよねぇ。あんな噂話が流れて、社食なんかに行っても···お昼休憩どころじゃないですもんね〜」
そう言って、わざとらしい笑みを浮かべる中谷さんは、何故か嬉しそうだった。
「でも···、露草先輩って···本当に男をその気にさせるのが上手いんですね。どんなわざを使ってるんですか?わたしに教えてくださいよぉ〜!」
いちいち気に障る言い方をする中谷さんに、さすがのわたしもイラッとしてしまう。
わたしは無表情のまま中谷さんを見つめると、「···中谷さん、何が言いたいの?」と言った。
すると、わたしの言葉に中谷さんは、笑顔から突然無表情に変わり、小さな溜め息を吐いた。
「露草先輩は、いつもズルいですよ。良い男ばっかり持っていって···、絶対わたしの方が可愛いのに」
そう言うと、中谷さんは不敵な笑みを浮かべた。
「先週の金曜日、露草さんが雨龍課長に言い寄ってるところ、見ちゃったんですよね。社内で男漁りして、恥ずかしくないんですか?」
「は?男漁りって―――」
「せっかく竹浪さんとは引き離せたのに···、今度は人気が高い雨龍課長―――次は、どんな方法を使えばいいかなぁ···」
そう言って、考える素振りを見せる中谷さん。
(まさか···あの時、上層部に有りもしない噂話を報告したのは、中谷さんだったの?何が目的なの?)
悪怯れもせず、どこか楽しんでいるように見える中谷さんの姿にわたしは妙な恐怖を覚える。
怒りを通り越し、呆れて何も言い返せずにいた、その時だった―――
「ふーん、そっかぁ···君の仕業だったんだね」
優しく穏やかな低音ボイスが響く。
その声にふと振り向く、そこには珍しく険しい表情を浮かべる雨龍課長の姿があったのだ。