鯨のうた
中谷さんの逃げていく姿を見送った後、雨龍課長はわたしを見下ろし「大丈夫?」と声を掛けてくれた。
その声は、いつもの優しく穏やかな雨龍課長の声だった。
「はい、大丈夫です。ありがとうございました」
「いや···、元はといえば俺が原因を作ってしまったから―――···本当に申し訳ない」
雨龍課長はそう言うと、わたしに深く頭を下げた。
「あ、そんな!やめてください!わたしは、本当に大丈夫ですから!」
わたしの言葉に雨龍課長はゆっくりと頭を上げると、「露草さんは、本当に優しいな」と言った。
「別に優しいわけでは···、それより、さっきの録音したって、あれ···本当なんですか?」
「え?あぁ···これ?」
雨龍課長はそう言うと、自分のスマートフォンを見せた。
「録音は嘘だよ」
「えっ?!」
「そう言えば、自分の罪を認めるかと思って」
「そうだったんですね···、ビックリしたぁ。―――って、雨龍課長。嘘つき、嫌いなんじゃないですか?」
わたしがそう言って雨龍課長を見上げると、雨龍課長は「え?今回のは、ほら···特例だよ」と言って、わたしを笑わせた。
「何ですか、それ。でも、本当にありがとうございました」
「···いや、約束だったからね。何かあった時は、守るって」
雨龍課長にそう言われ、確かにそう言われた事があったと思い出した。
「あ、それから···、今、中原専務に会って話してきたんだ」
「えっ?中原専務に、ですか?」
「うん。ほら、中原専務にしか話してない情報が回っているから、おかしいですね〜?って。そしたら中原専務、色々言い訳をしたあとで、ある社員から"露草さんが色んな男性に言い寄って、風紀を乱している"と報告が上がっていたと話してくれてね。そんな事実はないって訂正した後で、中原専務の方から全社員に社員の個人情報や業務に支障をきたすような事実無根の噂話は流さないよう、発言には気を付けるよう社内メールで送ると言ってくれたよ」
雨龍課長はそう言った後、「だから、露草さんはもう何も心配しないで」とわたしに微笑み掛けてくれた。