鯨のうた
「何だよ、今日は随分素直だな。―――っと、良し」
そう言って、航は全ての資料を棚に収めた。
(航に言わなきゃ···今しかないよね)
わたしはスーツについた埃をほろう航を横目にそう思った。
そして、「―――あのさぁ」と航に話し掛けた。
航はスーツをほろう手を止めると、ゆっくりとわたしの方に顔を向けた。
「あ、あのさ、前に言ってくれたデートの件だけど···、わたし、行けない」
航を見上げながら、わたしがそう言うと、航は小さな溜め息をついた。
「それは···、雨龍課長との約束があるから?」
「うん···」
「じゃあ、もし···俺が雨龍課長より先に、千衣を誘っていたら、俺と···デートしてくれた?」
いつもとは違う優しい航の口調に、わたしは黙り込んでしまう。
もし、先に航に誘われていたら―――
わたしは、どうしていたんだろう。
「···分からない」
わたしがそう答えると、航は深い溜め息をついた後、「···そっか」と呟いた。
「でも、俺は···まだ諦めないから。まだまだ千衣を口説いていくつもりだから、覚悟しとけよ?」
「そんな、宣言されても」
「んー、でもなぁ···、相手が雨龍課長って、手強すぎるよなぁ」
「別に···雨龍課長は、わたしをそんな目で見てないと思うけど」
「はっ?んなわけねーだろ。今まで色恋の噂話一つなかった雨龍課長だぞ?そんな雨龍課長が、何の気持ちも無しに千衣と一緒に予定立てるわけねーだろ」
航にそんな事を言われ、わたしは何も言い返せずにいた。
雨龍課長にそんな気はない。
わたしもただ、一緒にご飯を食べたり、話したり、それだけでいいと思ってきたはずなのに―――
(そんな事言われたら···意識しちゃうじゃない―――)