鯨のうた

すると、雨龍課長はソファーの背もたれに寄りかかり「ねぇ、露草さんはさぁ···」とわたしに声を掛けてきた。

「"もう男はこりごり"って前に言ってたけど···、もし竹浪くんに言い寄られたら···どうするの?」
「えっ···」
「その気持ちに、応える?」

雨龍課長の問いにわたしは黙り込んでしまう。

(言い寄られたら···、って···、もう"好き"って言われてるなんて···言えない―――)

「んー···、でも航、あ···竹浪さんは、ただの同期なので」

わたしがそう答えると、雨龍課長は何だか切なそうな表情を浮かべ、それから「でも、下の名前で呼び合ってるよね」と言った。

「そんな、深い意味はないですよ」
「そうなの?じゃあ···、俺も呼んでいい?"千衣"って」
「えっ!!!」

わたしが大袈裟な程に驚くと、雨龍課長は首を傾げ「ダメ?」と訊いてきた。

「え、あ、いやぁ···ダメじゃない、ですけど···」
「けど?」
「何か、照れるなぁって···」
「もちろん、社内ではいつも通り"露草さん"って呼ぶよ。ただ、こうしてプライベートで会ってる時は、"千衣"って呼ばせてほしい」

そう言って、穏やかな表情を浮かべる雨龍課長にわたしはギュッと心臓を掴まれたような感覚に陥った。

どういった意図があって、下の名前で呼びたいと思ったのだろう。
どうして?なぜ、下の名前で―――

「それは···、どうして、ですか?もちろん、下の名前で呼ばれるのは、構わないんですけど···、その理由は?―――」

つい疑問に思った事をそのまま口に出してしまう。
理由を訊く事は、わたしの自惚れだろうか。
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