鯨のうた
―――チャンス···
正直言うと、雨龍課長の言葉は嬉しかった。
でも、それと同時に不安にもなった。
わたしは、雨龍課長ときちんと向き合う事が出来るんだろうか。
雨龍課長が今までの男たちと同じだとは思わない。
けど―――
もし、また失敗してしまったら···
また孤独になるのが、こわかった―――
「わたしは···正直、まだこわいです。そう言ってくださる、雨龍課長のお気持ちは凄く···嬉しいんですけど―――でも、わたしはちゃんと雨龍課長と向き合う事が出来るのか···正直、わかりません」
自信無さげにわたしがそう言うと、雨龍課長は優しくわたしの肩に手を置いた。
そして、「千衣は、そんなに構える必要ないよ」と言った。
「頑張るのは俺の方。千衣は、今まで通りに接してくれるだけでいいんだよ。向き合おうとか、難しいこと考えなくていい。俺が、千衣に振り向いてもらえるように努力するのみ。―――ただ、もし···千衣の気持ちが、俺に向いてくれた時は······、俺を下の名前で呼んでほしい」
雨龍課長はそう言って、優しく微笑んだ。
本当は、雨龍課長だってこわいはずだ。
大切な人を失った経験があるのだから―――
それなのに、わたしの気持ちを汲み取り、気遣いの言葉をくれる。
わたしと向き合うとしてくれている。
わたしは微笑む雨龍課長の顔を見て、微かに微笑み返すと「わかりました」と返事をした。
それからわたしたちは、まるでいつもの雰囲気に切り替えようとする為にテーブルの上を片付け、デザートにわたしが買って来た苺タルトを食べた。
「ん!この苺タルトめちゃくちゃ美味っ!」
「中のカスタードが甘過ぎなくていいですね」
いつもの雰囲気に戻ったわたしたちは、苺タルトの美味しさを共有し、そして他愛もない話で笑い合った。
この日は、わたしにとって特別で思い出深い一日となった。