鯨のうた

そんな雨龍課長へ見合い話を持ち掛ける上層部たちの姿をわたしは何度も目にしてきた。
それは、わたしだけではないはずだ。

しかし、雨龍課長の色恋話は一向に耳にした事がない。
という事は···―――

すると、わたしの歩くヒール音に気付いた雨龍課長がこちらに顔を向けた。

それによりわたしは、ふと雨龍課長と目が合った。
その途端に雨龍課長の手がわたしの方へ伸びてくるのが、まるでスローモーションがかかったように見えた。

その手はわたしの腕を掴み、引き寄せられるようにわたしはいつの間にか雨龍課長のすぐ傍で雨龍課長に肩を抱かれていた。

「中原専務、大変申し訳ありません。社内では内密にして頂きたいのですが、実は···、僕は営業部一課の露草千衣(つゆくさ ちえ)さんとお付き合いさせて頂いておりまして」

落ち着いた低音ボイスでそう言ったのは、雨龍課長だ。

その言葉に(えっ?)と心の中で混乱するわたしをよそに、中原専務は残念そうに「何だ、そうだったのかぁ···」と雨龍課長の言葉に肩を落としていた。

わたしは戸惑いのあまり声が出ず、ふと雨龍課長を見上げた。

雨龍課長はわたしにまるで話を合わせて欲しいと言うように顔を合わせると、申し訳なさそうに「秘密にしていたのに、勝手に話してしまってごめん。中原専務には、正直に話しておいた方が良いと思って」と言った。

「そうか、雨龍くんは露草さんと付き合っていたのか。うん、お相手が露草さんなら仕方ないな。露草さんは、営業事務の中で最も優秀だと評判だからな」

そう言って納得した様子の中原専務は、「露草さん、雨龍くんを頼んだよ」とわたしに笑顔を向けると、「それじゃあ、雨龍くん。呼び止めて悪かったね」と言って、その場から立ち去って行った。
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