鯨のうた
そして、忘年会がお開きになったのは22時頃。
周りの人たちは、二次会の話もしていたけれど、もちろんわたしは行くつもりなどない。
「千衣も二次会行くぞ」
だいぶお酒も入り、上機嫌の航がわたしの肩を抱いてくる。
わたしは、その手を払いながら「わたしは帰る。航も飲み過ぎなんだから、帰ったら?」と言い、お店を出た。
すると、「あれ?雨龍課長じゃない?」と言う誰かの声が聞こえきた。
(えっ―――)
わたしはふと前を向いた。
お店の正面には、見覚えのある黒い車が停まっており、その車に寄りかかるようにして立つ雨龍課長がそこには居たのだ。
「なっ···なんで、雨龍課長が―――」
まるで一瞬にして酔いが冷めたかのように航の表情が強張るのが見えた。
雨龍課長はわたしに気付き、ゆっくり歩み寄って来ると「お疲れ」と声を掛けてくれた。
「な、何しに来たんですか?」
雨龍課長に向かい、敵対心剥き出しで航が言う。
そんな航の態度に雨龍課長は全く動じる事なく「露草さんを迎えに来たんだよ」とサラッと答えた。
「迎えに?!」
「だって、こんな夜道を女性一人で帰すわけにはいかないだろ?」
「そ、それなら俺が居ますので、雨龍課長はご心配なく!」
航は強い口調で雨龍課長に言い返した。
しかし、雨龍課長は引き下がらない。
「竹浪くんだと、心配なんだよね」
「は?」
「露草さんに、変なことされても困るしね」
「へ、変なことって!―――」
わたしの目の前で繰り広げられる言い合い。
穏やかな表情を貫き通す雨龍課長にムキになる航―――
(ちょっと、これ···どうしたらいいの?)