鯨のうた
「え!これが、ですか?!」
「そう。雄の鯨が雌に求愛している時の歌声だよ」
「鯨の歌声って、こんなに綺麗なんですね···」
わたしはそれが"鯨のうた"と分かった上で再び目を閉じ、鯨の歌声に耳を傾けた。
綺麗な高音にどこか温かさを感じる切ない歌声―――
(いつまでも聴いてられる)
わたしはそう思いながら、ゆっくりと瞳を開け、雨龍課長の方を見た。
「でも、どうしてこれをわたしに?」
わたしがそう訊くと、雨龍課長はもう片方のイヤホンを自分の片耳につけ、それからわたしの方を向いた。
「この綺麗な歌声を千衣と共有したかったんだ。千衣に聴いてほしかった」
そう言う雨龍課長の表情は優しく、わたしはそんな雨龍課長に微笑み返した。
今わたしは雨龍課長と同じ"鯨のうた"を聴いている。
それはまるで、わたしが雨龍課長に求愛のラブソングを歌ってもらっているかのように錯覚させた。
この歌う鯨は、求愛がうまくいったのだろうか。
求愛した雌と結ばれたのだろうか。
この歌声が届いて、その恋が成立していればいいな―――
そんな事を思いながら、一方でわたしはふと"世界一孤独な鯨"の事を思い出していた。
いくら鳴いても届かない声もある。
それは、どれだけ孤独でどれだけ寂しい事だろう。
声が届く、通じる―――
それは当たり前の事じゃない。
人によっては同じ言語を使っても伝わらない事もある。
言葉が届く、心が通じるのは、奇跡に近い事なのかもしれない。
わたしは、そう思った―――