鯨のうた
「さっ、行くぞ」
食べ終えたわたしを急かしながら、航は立ち上がる。
伝票を持って先を歩く航の後ろ姿にわたしは、微塵もときめきを感じなかった。
航がカードで会計を済ませると、わたしは「ありがとう、ご馳走様」とお礼を言う。
そんなわたしに航は、「このくらい当たり前だから」とドヤ顔を見せた。
(そのドヤ顔がなぁ〜···)
「さっ、急ぐか。閉館時間も迫ってるし」
「閉館時間?」
「まっ、ついて来いよ」
そう言って、さり気なくわたしの手を掴む航は、わたしの手を引き歩き始める。
航の手はどちらかといえば男性的なゴツゴツした手というよりも、中性的な印象があり、緊張しているのか微かに汗ばんでいるようだった。
(どこに連れて行かれるんだろう···)
そんな不安を抱きながら、まだフワフワの雪が敷き詰められている夜の街を歩き、着いた場所は―――
「ここだよ」
「えっ、ここ?」
そこは、街中にあるのが珍しい水族館だった。
この水族館はまだ出来てから一年も経っておらず、子ども向けではない、どちらかといえば大人向きの水族館なのだ。
「チケットも買っておいた」
「あぁ、ありがとう」
そうして入口から水族館の館内へと入っていく。
まず最初に目の前に出てきたのは、綺麗な熱帯魚が泳横長の水槽だった。
館内の照明は暗めで、水槽の魚やクラゲたちが輝いて見えるようなライトの当て方をしているようだ。
周りにはカップルはいるものの、閉館時間が迫っているせいか客数はかなり少ない。
わたしはゆっくりと歩きながら、順に熱帯魚やクラゲの水槽を眺めていった。