鯨のうた
―――「え、なんで?」
雨龍課長のその短な疑問さえも、低く響いてわたしの胸をキュンとさせる。
(いやいや、今はキュンとしてる場合じゃない!)
わたしは自分にそう言い聞かせると、「なんで?じゃないですよ!わたしが雨龍課長の恋人だなんて思われたら、全女性社員を敵に回す事になるじゃないですか!」と言って、背の高い雨龍課長を見上げた。
「いや、そんな大袈裟だよぉ」
「大袈裟じゃありません!女は恐ろしいんですよ?!」
「んー···、まあ、それは何と無く分かるけど···」
そう言って宙を仰ぎながら困ったような表情を浮かべる雨龍課長だったが、困るのはわたしの方だ。
すると、雨龍課長はふとわたしを見下ろし、真っ直ぐな瞳で爽やかにこう言った。
「もしそうなった場合は、俺が守るよ。露草さんのこと」
―――守る···
まさかの言葉に驚いたわたしはぽかんとしながら雨龍課長を見上げていたが、真っ直ぐな雨龍課長の瞳に見つめられている事に気付くと、照れくささから視線を外し、何と言い返そうかと考えた。
男関係で心が乱されるのは、もうごめんだ。
心の中だけでそう思っていたはずなのだが―――
「はぁ···もう、こんな事ばっかり···」
と、わたしはつい口に出してしまった。
すると雨龍課長はすかさず「こんな事ばっかり?」と疑問を投げ掛けてきた。
(あ、やばっ···)
「もしかして、何かあったの?」
「えっ、いや···」
「まあ、その話は飯行った時に聞こうかな。露草さん、今日は?仕事終わった後、空いてる?」
外したわたしの視線を覗き込むように身体を斜めに屈ませて、雨龍課長は言った。
わたしは一瞬、雨龍課長の方に視線だけを戻す。
雨龍課長は穏やかな表情を浮かべており、その顔を見ると、なぜかさっきまでの戸惑いがスッと胸の中から消え去っていくのを感じた。
「···空いて、ますけど」
わたしがそう答えると、雨龍課長は「じゃあ、帰り飯行こう。しっかりお詫びさせていただきます」と言い、わたしに向かって姿勢を正し一礼すると、「それじゃあ、またあとでね」と言って、わたしが抱えていた会議の資料をスッと手に取った。