鯨のうた
そして、14時になる5分前。
バッグの中でスマートフォンが鳴り出した。
わたしは慌ててバッグの中からスマートフォンを取り出すと、応答をスライドしてから耳にあてた。
「はい、もしもし」
『あ、もしもし。雨龍です。少し早いですが、ご自宅の前に着きました』
「わかりました。すぐに降りていきます」
そう言って通話を終わらせたわたしは、鏡の前で最終チェックをしてから家を出た。
わたしの住むマンションの目の前には、お馴染みの雨龍課長の黒い車が停まっている。
わたしは深呼吸をしたあとで外へ出ると、助手席を開けて待っていてくれた雨龍課長にちょっとぎこちなく「おはようございます」と挨拶をした。
「おはようっ」
「ちょっと久しぶりな感じですね」
わたしがそう言うと、雨龍課長は「そうだね。ここ数日、社内でも会えてなかったからね」と言って、複雑な表情を浮かべた。
それから車に乗り込んだわたしたちは、雨龍課長の自宅近辺にあるスーパーに立ち寄った。
今日の和食メニューの材料を揃える為だ。
「今日は、何を作ってくれるの?」
カゴを乗せたカートを押しながら雨龍課長が言う。
わたしは「肉じゃがときんぴらごぼうを···と思ってるんですが、どうですか?食べられますか?」と少し不安を抱きながら訊いた。
「いいねぇ〜!肉じゃがもきんぴらごぼうも好きだよ」
「よかったぁ!」
「ホッとする家庭のメニューって感じだよね」
「あとは白米にお味噌汁をつければ、和食に見えるかな〜と思って」
「完璧、完璧だよ!あー、楽しみだなぁ!」
そんな会話をしながら、食材をカゴへ入れていく。
このわたしたちの姿は、端から見ればどう映っているのだろう。
兄弟?友人?恋人?それとも夫婦―――
そんな事を考えながらわたしは雨龍課長との買い物を楽しみ、雨龍課長のお宅へとお邪魔した。