鯨のうた
「すいませんでした、雨龍課長の気持ちも考えず······。わたし、帰りますね」
わたしはそう言って、無理に笑顔を作った。
本当は今にも泣きそうだ。
自分の内側から虚しさと寂しさと悲しみと···―――
色んな感情がグチャグチャになって溢れ出してきてしまいそうだ。
(わたしの馬鹿···)
きっと雨龍課長に好かれている―――
少しでも期待してしまっていた自分が恥ずかしくなる。
わたしは逃げるように足を踏み出し、雨龍課長の横を横切ろうとした。
その時だった―――
「―――待って」
雨龍課長がわたしの手首を掴む。
わたしはその瞬間、まるで時が止まったように動けなくなった。
「千衣···、帰らないで」
「···でも」
「俺は、千衣に会いたくなかったなんて、思ってないよ」
雨龍課長の声が低く優しく響く。
(本当に···?)
しかし、わたしはまだ雨龍課長の言葉を信じ切れずにいた。
「―――千衣、俺さ···、本当の事を言うと、逃げてたんだ。千衣に会うのが、こわかった」
「えっ?」
わたしはそこでやっと雨龍課長の顔を見上げる。
雨龍課長は、切なげに唇を噛み締めていた。
「実は···クリスマスの夜、街中で千衣と竹浪くんが一緒に歩いているところを見掛けた。デートだった事は知っていたはずなのに、二人を見た瞬間···自分が想像していたより自分が妬いている事に気付いた。それから···、その時の千衣の表情が―――」
「わたしの、表情、ですか?」
「うん···。俺と一緒に居る時とは違う、千衣の表情を見て思った。竹浪くんの方が千衣の自然な表情を引き出せるんじゃないかって···」
切なげな雨龍課長の声と表情に、わたしの心がギュッと締め付けられる。
違う、それは違う―――